高等教育の修学支援新制度認定校仙台 専門学校日本デザイナー芸術学院

大陸の南部にあるミムリア王国では、近い将来、隣国と戦争をするという噂が流れていた。それは噂に過ぎないと国民は笑っていたが、実際のところは事実であった。この事実を知っているのは国家や軍の上位兵のみで、魔法兵として城内で仕えている魔法使いのネラも同様であった。
ネラは、普段立ち入ることのない訓練場に顔を出していた。空いている待機席に座り、訓練の模擬試合を見ていた。視線の先には、自分よりも体格が二回り大きい男と訓練を行っている女騎士の姿があった。体格差はあるが互角に対峙している。時間は既に遅くなっており、訓練場のライトが煌々と戦闘の様子を照らしていた。訓練場には剣と剣がぶつかる音が響き渡っていた。
「そこまで!」
審判員の声で試合が終わる。女騎士は戦っていた男に向かって一礼すると、凛とした姿勢を保ったまま、その場を後にしようとする。しかし、いつまでも視線を向けていたネラと目が合うと、途端、あの凛とした姿はどこに行ったのか、嬉しそうに顔をほころばせながらネラの元へ駆け寄って来た。
「お疲れ、シャル」
駆け寄ってきた女騎士のシャルにタオルと飲み物を渡す。シャルは、ありがとうと返すと渡されたものを受け取り、ネラの隣に腰かけた。
二人には、誰にも話していない秘密があった。それは、密かに恋仲にあるということ。立場上、浮ついた話がばれてしまうと厄介なので、このことは誰も知らない。
今日、ネラは恋人であるシャルに用事があってわざわざ訓練場まで足を運んでいたのだ。最初に話を切り出したのは、もちろんネラである。
「そろそろ戦争が始まるって聞いた?」
「偉い人から聞いてたよ。私たちも行かなきゃだね」
「うん。だからさ、渡しておきたいものがあるんだ」
そう言うと、ネラはポケットから何かを取り出し拳をシャルの前に突き出した。シャルが拳の下に手を広げると、ネラは拳を開いた。コロンとシャルの手のひらの上に落ちた銀色の物がキラリと光った。
「……何これ」
「指輪。私とお揃いの。これ持ってたら別な場所で戦ってても、そばにいる感じするかなって思ってさ」
少し照れたようにネラは答えた。しかし、シャルは俯いて黙ったままだった。その姿を見て、ネラは不安に駆られた。
「嫌だった?流石に指輪は重すぎたかな」
「……ううん。すっごく嬉しい。頑張れる気がしてきた」
シャルは喜びをかみ締めるように指輪を両手で包み込んだ。
「ネラ、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
そう言ったシャルは幸せそうに微笑んだ。ネラも同様に笑って見せた。
「ねーねー、せっかくならさ、指輪つけてよ。左手の薬指に」
「えぇ?!」
さっきとは打って変わり、シャルはいたずらっぽく言った。突然のことにネラは驚いて飛び上がると、その様子を見たシャルはケラケラと面白がるように笑った。
「どうせいつかはそうなるんだしさ、予行練習も兼ねてやってみてよ」
「うっ、……分かったよ」
ほらほらと催促するように左手を出すシャル。驚きと恥ずかしさで赤面したネラは、シャルの左手を取り、片膝をついて薬指に指輪をはめた。シャルは訓練場のライトに左手を透かして、ご機嫌に指輪を見た。
「あ、ネラにもつけてあげる!」
「え?」
呆然としていたネラの左手を取り、すんなりと薬指に指輪をはめる。一瞬のことすぎて、ネラは呆然としたままだった。
「やっぱり、持ってるよりもつけてる方がいい感じじゃない?」
なんの根拠もないシャルの感覚的な話であるが、ネラも同じ気持ちだった。
「うん、そうだね。この方がいい」
ネラは指輪を見つめ、感情をかみ締めていた。
「絶対勝とうね、シャル」
「うん。もちろんだよ」
誰もいない訓練場で、二人はグータッチを交わし、誓い合った。

十年続いた雨が降り止み、雲間から朝日が顔を出したころ、一つの戦争が幕を閉じた。
緑が広がっていた平野は、今や魔法で焼かれ、人や魔物の足で踏み荒らされて荒野と化していた。戦いに敗れた人々の死体が点々と転がっており、戦場の凄惨さを増している。
「はぁっ、はぁっ」
荒野を駆ける一人の魔法使いの姿があった。自身の足から血が流れていることも気にせず、辺りを見回しながらひたすらに走っていた。時々、落ちている死体に躓き転ぶもすぐに起き上がり、懸命に何かを探しているようだった。
一瞬、魔法使いは足を止めた。しかし、次の瞬間には一つの地点に向かって一直線に走り出していた。そこには鎧をまとった女騎士が眠るように倒れていた。魔法使いは駆け寄り、声をかける。
「シャル、起きて。もう終わったよ。私たち勝ったんだよ」
優しく声をかけても起きることはない。その場に膝をつき上半身を抱き上げたが、腕がだらりと宙を舞い、体は脱力していた。
「ねぇ、起きて」
再度声をかけても、ゆらゆらと体を揺すっても、震える手で顔の土をはらっても、目を覚ます気配はない。何をしても無駄だとわかっていても、魔法使いは声をかけることをやめなかった。
女騎士の左手の薬指には、銀色の指輪が切なげに輝いていた。