キッキキッズ

「はい、じゃあお母さんとの約束、言ってみて」
 大きく古い木造建築の家屋。その玄関先で、高価そうな着物を着て、長い黒髪を結い上げた女性が、二人の子供に覗くように微笑みかける。兄と思われる小学校高学年くらいの少年。後ろで手を組んで、休めの状態で立っている。その隣には髪を二つに結った、低学年くらいの少女が、女性を見上げて立っている。
 二人はそれぞれ交互に、声を張り上げた。
「家から出ずに、中だけで静かに遊ぶこと」
「家の中で刃物を使わないこと」
「おやつはさっき食べたので、今日はもうお菓子を食べてはいけません」
「夕ご飯を食べたら、その後は何も食べてはいけません」
「テレビは一時間以上見てはいけません」
「夜の七時になったら、明りを全部消して、戸締りをして寝ること」
 すると、女性は満足そうに何度も頷き、
「満点。じゃあ、これからお母さんとお父さんは舞台を見に行ってきますからね。ご飯は作ってあるから、電子レンジで温めて食べてね。お母さんが家の外に出たら、すぐ鍵を閉めて。いい子にしてお留守番するのよ」
 と釘を刺すように言う。それに対し、二人は、はあい、と元気な返事をした。その返事に、また女性はニッコリ笑い、二人の頭を優しく撫でて、黒い外国車に乗り込む。そのまま車は東の方向へ消えて言った。
 少女は母の言う通り、家に入って鍵を閉めようとした。だが、それを兄が引き留める。驚いて、少女が兄の顔を見上げると、兄は歯を見せて笑っていた。
「今鍵をしなくたって、誰も見てないから大丈夫だよ」
「でも、約束を守らないと、おかあさんに怒られるよ」
 少女は不安そうに反論する。しかし兄は何処かワクワクした様子で、妹に語りかけた。
「今日、僕らは自由だ! お母さんとの約束なんか破っちゃえ!」
 そう言って、兄は少女の手を引いて、家の中を駆けだした。
 少年が少女を連れてきたのは、自分たちがいつも寝ている部屋だ。そこには干して取り込んだばっかりの布団が、ベッドに敷かれている。兄はニヤリと笑って少女の手を離すと、ベッドに思いっきりと飛び込んだ。小さな埃が、部屋中に舞う。だが、少年は構いもせずに、ぷはっと、状態を起こすと、少女に振り返った。
「ふかふかであったかくて気持ちいぞ、お前もやれよ」
「ええ……お行儀悪いよ……」
 少女はおどおどしながら兄を止めようとする。何より、こんな事をしてバレでもしたら、母に怒られて、倉に閉じ込められてしまう。
 だが、兄はわざとらしく、
「誰も見てない今しかでき何のになぁー」
 と、少女にも聞こえるような大きな声で言う。
 少女は、ぐっと声を詰まらせた。お日様を浴びた後の布団は、ポカポカしてふわふわで、気持ちいいことを知っている。そこに、飛び込んでみたら、さぞ楽しいだろう。
 少女は遠慮がちにベッドに駆け寄って、兄の隣に飛び込んだ。すると、ぼふっ、と音がして、ポカポカの布団が、体全体を包み込む。
「ふわぁ……お日様の匂い……」
「な? 気持ちいいだろ?」
 兄が、確認するように効いてきた。だから少女は満面の笑みで頷く。すると、しめしめ、と言ったように兄がニヤリとした。そのままごろりと寝転がって、仰向けになると、両手を頭にやる。少女も兄も真似をして仰向けになった。
「よし、次は何をしようか。どうせ今日はお母さんたちは夜に帰ってくるから……そうだ、今日はお菓子を晩ごはんにしよう」
「お母さんのご飯はどうするの?」
「ゴミ箱に捨てちゃえばいいよ。嫌いなお野菜ばっかりのご飯なんて、僕は嫌だ」
 べぇ、と兄が下を出して変な顔をするので、少女は思わず笑ってしまった。
「でも、お菓子はおやつの時に食べたから、もうないよ?」
「外に行って、買ってくればいいよ。ほら、近所に駄菓子屋があっただろ」
 兄に言われて、少女はこじんまりとした店を思い浮かべる。学校帰り、よくそこん位クラスメートの何人かが集まっているのを、遠くから眺めながら、羨ましく思っていた。
「お小遣いだったら、お年玉を取っておいたから、大丈夫だよ」
「でももし、お母さんが知ったら……」
 少女は、不安そうな情けない声を出して、兄を見る。それでもやっぱり、怒られるのは怖いのだ。
するとそれを察したのか、兄が明るく笑い飛ばした。
「ばれても、怒られるのはお前だけじゃないから大丈夫だよ。もし蔵に入れられても、二人だったら怖くないだろ?」
 囁く様な兄の声が、少女の背中を押した。
「わたしも今日のご飯はお菓子にする! 駄菓子屋さんにも行く!」
 そう返事をした途端、兄はがばっと起き上がった。
「よし! じゃあ早速いこうか」
「うん!」
 少女も、兄と同じように起き上がり、大きく頷く。
「なあ、知ってる? こういう約束を破ることを、キンキって言うんだってさ。つまり、今日の僕たちはキンキキッズだ!」
「きんききっず!」
 少女は兄のたとえがおかしくて、たまらず腹を抱え、両足をばたつかせて笑った。すると、兄は少しムッとした顔をして、
「なんだよ、おかしいかよ」
と不満を零した。しかし、少女は笑いながら、
「ううん、かっこいいから!」
 と言う。すると、兄はにんまりと、まんざらでもない表情をして、そうだろそうだろ、と誇らしげに頷いた。
おそらく、この子供達は禁忌を英語か何かだと思っていて、カッコイイと感じているのだろう。子供たちはキラキラした顔で笑いながら、両親が不在と言う特別な一日を過ごしたのだった。