ドラゴンガール

「なっ!?」
 村の外へ水を汲み、帰ってきたクリスは目の前の光景に目を疑った。 あたり一面を覆い尽くす火の海。 焼け落ちた建物。 逃げ惑う人々。 一部が無くなっていたり、黒焦げになった人のようなナニか――クリスは、それが何なのか、理解するのを拒んだ。 そして、それらをつくり上げたと思わしき、空中に浮かぶ赤い生き物――分厚い鱗を持ち、石製の建物ですら簡単に崩してしまいそうな尾、蛇のような鋭い眼。 六mはあろうかという巨体と、それを宙へ浮かべるこれもまた巨大な翼。 トカゲを大きくし、翼をくっつけたようなその生き物の呼び名を、クリスは知っていた。
「ドラゴン……」
 ドラゴンと呼ばれる害獣。 それがクリスの村を襲った生き物の正体だ。
「っ!」
 逃げ回る人々を見下ろし、獲物を見定めていたドラゴンの視線が、バケツを持ったまま固まっているクリスに止まった。 鋭い眼光に射竦められ、クリスが逃げようとしても、その足は一歩も動かない。 その間にも、ドラゴンはクリスへ近づいていった。
 とうとう目の前まで来たドラゴンは巨体に見合わぬ、ふわりとした動作でクリスの前に降り立つ。 そして、クリスへ顔を近づける。 その目には、害獣と呼ばれるには不自然な知性の色があったが、恐怖に支配されていたクリスは気が付かなかった。
「あ、あ」
 声も出せず、硬直するクリスを品定めするように眺めるドラゴン。 品定めを終えたのか、顔を離し、前足を持ち上げ、クリスの眼前へ近づける。
「ぐ、あぁぁ!」
 ドラゴンの爪の先がクリスの額に沈むように刺さった。 痛みに声を上げるクリスをうるさげに見るドラゴン。 やがて、悲鳴は小さくなった。 それを確認し、ドラゴンは、爪を抜く。 支えを失ったクリスが地面へ倒れこむ。 ドラゴンは倒れこんだクリスを爪に引っ掛けるように持つとそのまま飛び去った。

「ん、う」
 ごつごつとした感覚を背中に感じ、クリスは目を開ける。 するとそこは、どうやら洞窟のようだった。
「ここ、は?」
 体を起こし、辺りを見回す。 ぼんやりとしていたが、次第に頭が動き始めたのか、目を見開く。
「そうだ! 村は!?」
 跳ねるように起きたクリスはそう叫んだ。
「ッ!? 頭が、痛い!?」
 電気のように走る痛みに、その場に座り込む。
「やれやれ、やっと起きたと思えば、騒がしいやつだ。 ほら、これでましになった」
 背後から声が聞こえた。 途端に痛みが消え去る。 驚きながら、頭に当てた手をそのままにクリスは振り向く。
「! 子ども?」
 そこにいたのは、十二歳くらいの赤い髪の少女だった。 白いワンピースを身に着けた少女は岩の上からクリスを見下ろし、笑みを浮かべていた。
「誰だ? あと、ここはどこだ?」
「一遍に聞くな。 わしが誰か、それを当ててみな」
 少女にただならぬ雰囲気を感じたクリスは、警戒しながら聞く。 少女は見た目に似合わぬ老獪な口調でそう返してきた。
「そんなの知るわけ無いだろ。 いいから、ここはどこか教えろ」
 苛立ちを浮かべたクリス。 立ち上がり、少女のほうへ詰め寄る。
「つまらない。 しょうがないから、ヒントをくれてやる」
「ふざけるのはいい加減に……!?」
 もう一歩、詰め寄ろうとしたクリスだが、少女から放たれる威圧感に足を止める。
 どこか、つい最近感じた感覚。 そう考え、あっさりと答えに行き着く。
「お、お前。 まさか、あのドラゴン?」
「ふむ。 まあいいや。 正解にしてやろう」
 威圧感を引っ込め、笑みを、人を試すような笑みを浮かべる、少女に扮したドラゴン。
「はぁはぁ。 何のつもり、だ? 俺を食うつもりか?」
「阿呆。 食う気なら生かさない。 それに人肉は好かん」
「なら、何で村を襲ったんだ!」
「何のことだ? わしの寝ている間にでかい顔をしておった亜竜を蹴散らしただけだ」
「亜竜?」
「竜の出来損ない、というべきか、お前ら人間が、ドラゴンと呼ぶ連中のことだ。 そやつらが、人の村を襲っていた」
「亜竜の話しは、良いとして。 お前が村を襲ってない証拠はあるのか?」
 拳を握り締め、怒りを抑えきれない表情でクリスが聞く。
「良い目をしてる。 さすがあいつの子か」
 クリスを見つめ、うれしそうに呟いたドラゴン。
「襲ってない証拠か。 先も言ったように、人肉は嫌いだ。 食いもしないものを生み出すほど愚かではない」
「信じられないな。 そもそもお前らドラゴンは、本能のまま動いてると聞いたぞ」
 クリスが幼いころ、村に訪れた学者はそう言っていた。
「それは亜竜どもの話。 わしには、人間に扮し、お前と会話する知性はあるからの、その時点で本能のままに動くという条件は当てはまらない」
 確かにそうだと、クリスは思った。 目の前の、少女に扮しているドラゴンは、明らかに知っている知識とは合わない点が多すぎる。 目にはしっかりと理性の色が見える。 昔、王都で見た、捕らえられた竜――ワイバーンを見たときは、目には獣のような獰猛さしか映っていなかった、そう思い出す。
「……確かに、俺の知ってるドラゴンではないか」
 自分の理解を超えたことは、無駄に考えない。 それをモットーとしているクリスは、握り締めていた拳を解く。
「仮に、お前の話が本当だとして、何の目的で俺をここに連れてきた?」
「キース・ハーヴェイ」
 告げられたその名前に、クリスは目を見開く。
「親父の名前!? 何で知ってる!」
 その名は、今は行方知らずになっているクリスの父親の名前だった。
「あやつとは酒を酌み交わした仲だ。 なかなか面白みのあるやつだったな」
「はあ」
 少女の姿に似合わない笑みを浮かべるドラゴン。 クリスは、理解できないという表情を浮かべる。 父親も、このドラゴンも。
「それで?」
「その縁だ。 あのまま放っておくのも忍びないと思ってな」
「むしろ、俺は放っておいて欲しかった」
「そうすれば、わしが勝手な憎しみをぶつけられるからな」
「結局、自分のためか」
「まあ、そうなるの」
 カカカと笑うドラゴン。 呆れを浮かべるクリス。 手を額へ持っていく。 額には、乾いた血が残っていた。
「そういえば、何で額に突き刺した? 痛くて気絶しそうだったんだが」
「実際、気絶していたろ」
「うっせえ」
「少し、記憶を見させてもらっただけ。 寝る前との差異があるかも知れないから」
 意外と、人じみた言葉に驚きを感じるクリス。
「寝る前って、何年くらい寝てたんだよ?」
「大体、十年程度」
「十年……親父が姿を消した年と一緒か」
 クリスの父親が姿を消したのは、およそ十年前。 つまり、このドラゴンがそれに関係しているのではないか、クリスはそう思った。
「そういえば、気にはなってたが、何でその姿なんだ?」
 状況が状況で、言えなかった疑問をぶつけるクリス。
「わしは、竜の中ではまだひよっこだから」
 老獪な雰囲気のこの竜が、ひよっこだ、という言葉に、クリスは冗談か何かだと思った。
「知能的には、十代の子ども程度、と思ってくれて良い」
「いったい何歳なんだよ」
「女性に年齢を聞くな」
 いや、竜だろ。 そう返したかったが、口を閉じる。 言うべきじゃないと、クリスの本能が訴えたからだ。