少女と郵便ポスト

とある、都会に近づこうとしている田舎町。新しい建物も次々建築され、外に出るとちらほら外国人を見かける。
その町はずれに、ワクワクした顔の一人の少女がいた。
「いってきまーす!」
少女は、期待に胸を弾ませて、自宅の玄関のドアを開ける。今日から、新学期なのだ。
外はカラッと晴れていて、真っ青な空に太陽が一つ浮かんでいる。少女はリンゴのように真っ赤なランドセルを左右に揺らしながら、通学路であるでこぼこ道を歩いていくと、十字路の先に、ランドセルと同じくらい真っ赤な郵便ポストが見えてきた。
一般的な四角いポストではなく、円筒状の古いポスト。しかし手紙を入れる投函口は塗り固められていて、書物を郵便に出すことはできない。ただ、置いてあるだけだ。それが一部の日本マニアに大人気なのだ。
 しかしその足元はこけが生えていて、色も所々剥げているせいか、遊びに来る友達はみな口をそろえて不気味だと言う。だが、少女はこのポストが気に入っていた。赤い色は大好きだし、四角いポストにはない愛嬌を感じるのだ。
「おはようございまーす」
 少女は明るく元気にあいさつをする。もう、幼稚園から続けている習慣だ。何も朝だけではなく、帰って来れば「ただいま」と言う。自分と家族以外はここを通らないから、誰かに見つかったことは今までない。
 少女は満足げに鼻を膨らませると、スタスタとポストを通り過ぎる。

 ある日のこと、少女がいつものようにポストの横を通りがかった時。ポストの足元に、一枚の真っ白な手紙が落ちていた。少女が拾い上げてみると、手紙には少女の名がひらがなで書かれていた。しかし少女の名の他に、切手はおろか何も書かれておらず、ひっくり返してみても、あて名も何も書かれていない。
 少女は首を傾げながらも、その場で手紙の封を切った。するとそこには、
「まいあさ、ぼくにあいさつをしてくれて、ありがとう」
 とへたくそな字で書かれていた。
 少女は驚きのあまり、目を大きく見張ってポストを見た。ポストはいつもと何ら変わった様子はない。だが、少女は妙な胸の高鳴りを感じた。
「おへんじ、明日出すね!」
 少女は元気にそう言うと、手紙を持つ手を振り、嬉しそうにニヤニヤしながら横を通り過ぎた。
 それからというもの、少女はポストとの手紙のやり取りが始まった。宿題が終わると、ピンク色のかわいい便せんを取り出しては手紙を書き、その日のうちにポストの足元に置いておく。すると翌日、真っ白な手紙が、ポストの足元に落ちている。少女はそれが、日課の楽しみになった。
 しかし次第に、少女は誰が書いているのだろうと、手紙が気になり始めた。風が強い日は、手紙の上に石が置いてあったし、雨の時は、ポストの投函口の真上、天板が少しだけ飛び出て雨避けになっている真下に、無理やり挟みこまれているのだ。
「これはどうみても、誰かが書いたんだよなぁ……」
と、少女は自分の机の上で、今までにもらった手紙を眺めながら冷静に考える。最初にポストからだと浮かれていた自分が、遠い過去のものに思えた。
だとすると、誰が自分に出してくれているのだろうか? 
「もし変な人だったらどうしよう……でも、これはどう見たって大人の字ではによねぇ」
 そこまで考えて、少女は唸る。だが、やがてハッとした。
もしかして、ついに秘密がばれて、クラスメイトの男子がからかっているのでは⁉ そして、自分のしらない所で、自分の書いた手紙を読んでは笑っているのかもしれない。
そう思うと、少女はバカにされている気がして、無性に腹が立って悔しくなってきた。
「よし! 明日は早く出て、とっちめてやる」
 少女はそう息巻いた。
翌日、少し早くに家を出た。ポストの前には、まだ手紙はない。少女はそれを確認して、少し離れた電信柱の影に隠れる。するとしばらくして、誰かがポストの前にやってきた。その人影は、青いランドセルを背負った少年だ。しめた! 少女が人影を捕らえて、電信柱から飛び出す。人影は、少女に気が付いて、慌てて逃げ出した。
 しかし、少女の方が足が速いようで、距離は直ぐに縮まっていく。少年に追いつくと、その腕をぐっと掴んだ。
「アンタね! 私をばかにしてるのは……って、あれ?」
 少女は、息の弾んだ少年の肩を掴み、回り込んで顔を覗き込む。しかし、その少年は、自分のクラスメートではなく、見たことない少年だった。
 いや、女の子だ。髪が短いがよく見たら、学校で支給された女の子用の桃色の防犯ブザーが首に掛かっている。男子はたしか青だった。
「君……誰? 何年生?」
 目をぱちくりさせて少女が尋ねた。しかし、女の子は少女を目にした途端、ほっぺを真っ赤に染め上げ、手をもじもじさせている。その手には、あの真っ白な手紙が握られていた。
「君がお手紙くれていたの?」
 少女が不思議そうに尋ねる。背丈はそんなに変わらないが、何となく年下の様な気がして、つい口調がお姉さんぽくなる。
女の子が頷いた。
「何でこんな事してるの?」
 優しく問いただすと、女の子は少し間を置いて、重たそうに口を開いた。
「お、おぼえてナイ、かもしれナイけど……」
 女の子は真っ赤な顔を俯きがちに、ぼそぼそ喋り始めた。その口調はどこかぎこちなく片言だ。よく観察すると、何となく韓国とか中国人あたりの顔つきをしている気がする。
「きょネン、ワタシ、てんこうシテ。まよってるとき、たすけてもらっタ。でもワタシ、はなすのヘタ。だから、おレイ、いえなくて」
 少女は、女の子の言葉を聞いて、去年の記憶をたどる。しかし、全然思い出せなくて、眉間にしわを寄せる。女の子は、チラリと少女の顔色を窺うと、しゅんと小さくなるように、背を丸めた。恐らく、気分を害したとでも勘違いしたのだろう。
「なまえ、ウンドウギ、きてたから、しっテタ。きみの。デモ、ほかは、わかんなくて、ほんとうに。ポストのこと、しったノハ、たまたまで。デモ、きみと、おはなし、してみたくて、その……」
 女の子は、今にも泣きそうになりながら、必死に弁解しようとしているようだが、だんだん声が情けないものになっていく。少女は呆れたようにため息を吐いた。
「あのさ、友達になりたいなら、口で言いなよ」
「え?」
 女の子が、ポカンとした顔で少女を見上げた。
「何でわざわざポストのフリなんかするかなぁ、めんどくさい……。ほら。一緒に学校行こうか」
 少女はそう言って、手を差し出す。女の子は差し出された手を見て、次に少女の顔を見上げて、目を輝かせた。
「う、うン!」
 大きな返事をして、女の子は少女の手をとった。
「あ、あの、おてがみ、アリガトウ」
「こちらこそ、お手紙ありがとう」
 そう二人で笑いあって、二人は手を繋いで歩き始める。
 その後ろ姿を、ポストはずっと見守っていた。