ダンジョン攻略の最中

ダンジョン攻略の最中。モンスターとの戦いで足を負傷してしまった俺は、病院に運ばれ、入院を余儀なくされた。完璧に足が完治するまで一ヵ月ほどかかるらしい。誰よりも早くにダンジョンを攻略したかった俺は、人生最大級の足止めをくらう事となる。
入院してから一週間経った頃。病院のベッドで寝ている俺の耳にとある噂が流れてきた。その噂を聞いた瞬間、俺は驚愕する――
つい最近まで俺が攻略していたダンジョンで、初の到達者が現れたという情報だったからだ。目的を失った俺は項垂れてしまう。
一所懸命にダンジョン内部の地図を制作したり、モンスターの情報を掻き集めたりと――
死に物狂いで努力を重ねた俺は、希望を奪われ、崖から突き落とされた感覚に襲われた。現在、俺の頭の中は絶望の二文字で埋め尽くされている状態。
ベッドの布団を握り締めながら溜め息を軽く吐いた。
その日からというもの、病院から支給される朝昼晩の食事も喉を通らなくなった。嚥下障害ではないが、食べる気が全く起きないのだ。
病院の医者と看護師からは、治るものも治らなくなるから、少しでも食事を取るようにと指摘を受けた。が――
次第にダンジョンへの挑戦を諦めるようになっていった。努力する事がアホらしくなったのだ。俺は自身の目的を完璧に見失ったらしい。 
 そんなある日、俺が入院している室内に、一人の女の子が別の部屋から移動してくる。彼女は俺と同世代か、または一つ下くらいの年齢と思わせる面影を見せていた。病院で支給されている水色のパジャマを着用している彼女は、看護師に付き添われる形でベッドに向かっていく。
 彼女が今日から過ごす場所は、俺の隣に設置されたベッドになるようだ。隣同士と言っても、ベッド同士の距離は三メートルくらい離れている。それは兎も角、性別の異なる者が同じ室内で生活してもいいのかと、俺はふと疑問に思った。
 彼女と付き添っていた看護師曰く、貴方は足を動かせないから大丈夫、との事らしい。
 本当に大丈夫なのか?
 もし――俺が彼女を襲いそうになったら、病院の奴等は、どう言う風な態度に出るのだろうか? 
 俺はまだ、隣のベッドにいる彼女のことを良く知っている訳ではないので、今直ぐに襲うという訳ではないが……。
でも――近くに女の子がいるだけで、少しだけ嬉しくなる。男の性と言うものだろう。
現在の俺にとって一つだけ残念な事があるとすれば、天井に吊るされたカーテンで遮られていることだ。
彼女の顔を見ながら会話したい俺は、少しずつ食事を取るようになった。一日でも早く足を治したいという単純な理由ではあったが。 
月日を重ねていく度、俺の足が少しずつ良くなってきている事を実感できるようになってきた。しかし、まだ松葉杖を使わないと、ふらふらしてまともに歩く事ができない。
 少しでも足を動かせるようになった俺は、松葉杖を両脇にベッドから立ち上がる。俺は遮っているカーテンをずらし、隣のベッドの上で上半身を起き上がらせている彼女の元まで歩み寄った。
 彼女はロングヘアの髪に、可愛いと言うより美人に近い整った顔立ち。さらにマニアの心を刺激するかのように眼鏡までつけている。しかも、黒縁眼鏡だ――
 この女の子は、特定のマニアの心を熟知しているようにも思えた。
 俺は彼女に問いかける。
 しかし、彼女からの返答はない――
俺は緊張しているだけだと思っていたが、何回話しかけても、彼女は俺の方に視線を向けるだけで声を出す事はしなかったのだ。
俺はちょっとイラッとした。無視されていると感じたからだ。
それからというもの、俺は彼女との関係を断ち切ることにした。見た目が美人であっても、会話がなければ好意を抱けないものである。
その日の夕ご飯を食べ終えた俺は、看護師に頼んで病院の売店で小説を買ってきて貰った。――俺はその小説を読んだ。
でも、何か面白くない。
その理由は単純だった。
不思議と隣のベッドにいる女の子のことを考えてしまう俺がいたからだ。
――モヤモヤする。彼女は俺の問いかけに反応はしなかったものの、視線だけは合わせてくれていたからだと思う。
俺の事を無視するなら目線を合わせないはずだ。
刹那――声が聞えた。音程の低い男のような声質。
俺はベッド近くの壁に立てかけている松葉杖の先端で、隣のベッドを遮っているカーテンを少しだけずらす。
そこには俺の問いかけを無視した女の子と、看護師の姿があった。
女の子は必死になって、何かを看護師に伝えようとしている。
その時、思った。もしかして彼女は、俺の事を無視していたわけではなく、病気で声を出せなかったのでは無いかと――
彼女のことを何も知らずに、勝手に嫌いになった俺自身を情けなく感じた瞬間だった。
隣のベッドで生活する彼女は、声を出しづらい病気にも負けず、必死に努力している。
それに対して俺は、足を負傷し、誰かにダンジョン攻略され、目的を見失い、そして、彼女の事も知らずに嫌いになってしまった。物凄く小さな存在だと感じてしまう。
俺は松葉杖を再び壁に立てかけ、そのまま就寝する事にした。
起きていれば嫌な思い出に苛まれると思った自分がいたからだ。

 翌日――
俺は朝七時に目を覚ました。いつもより一時間ほど遅かったために、今日の朝ご飯はクロワッサンと牛乳という実に簡易的なものになってしまった。
食事を終えた俺は、松葉杖を使い、ベッドから立ち上がる。そして、カーテンを退けて彼女の元へ向かった。
ベッドに横になっていた彼女は、何事かという顔つきで此方を見た後、上半身を起き上がらせる。
俺は先日の事について謝った。
此方に視線を向ける彼女は首を横に振り、別に気にしてないよ、という素振りを見せたのだ。
彼女はベッドの近くに置いていたノートとシャープペンを手で掴み、シャープペンを使いノートに何かを書き始める。
《 此方こそごめん、実は私、ダンジョンで喉を負傷して声を出せなかったの 》
 彼女はノートに書いた一文を俺に見せる。
 やっぱりか――と内心思った。それと同時に意思の疎通が始めてできた瞬間でもある。
 俺は喋る――
 そして彼女はノートに文字を書き、感情や声を表現してくる。
 打ち解けた俺は、彼女もダンジョン挑戦者だと言う事もあり、ダンジョンについての会話をする事にした。
 俺がダンジョンに挑戦したこと、努力したこと、諦めたこと全てを曝け出す。
 すると、彼女からある情報を手に入れた。
 それはまだ攻略されていないダンジョンが存在するという事。
 ダンジョン攻略を諦めていた俺は、心から熱が溢れていく感覚に導かれるように、再び挑戦する勇気を貰ったような気がした。
 俺は告げる、退院したら一緒にダンジョンに挑戦しようと――
 彼女の反応はノートに描かれる。
《 一緒に行こうね 》