超能力者たちの日々

 ぴちゃぴちゃと水の跳ねる音が少しずつこちらに近づいてくる。その音はやがて止まり冷たい感覚が僕の頬を撫でる。
「ごめんね、誠」
 聴き慣れた幼馴染の声はとても弱々しく、今にも泣き出してしまいそうなほどだった。
 ただ目の前にいる少女の涙を見たくなくて僕は手を伸ばした。

授業の終わりを告げる鐘の音が校舎内に鳴り響き、教師が号令をかけるように指示をした。
「きりーつ、れい、ありがとうございました」
 教師が立ち去ると教室が少し騒がしくなる。耳を傾けると大半が最近起こっている連続殺人事件のことばかりだった。そんな教室の中で窓から空を見上げため息をつく少年がいた。
名前を新崎誠。新東京都第三高等学校の一年生。学校指定の真っ白なブレザーに身を包んだ、真っ黒な髪の天然パーマが特徴的な少年。
窓際の席には誠の背中を突く少女の姿があった。
「誠、このあとのこと忘れてないよね」
「ごめん、忘れた。教えて佳奈」
誠と話している少女は朝月佳奈、誠の幼馴染。同じく高校一年生で白いブレザーを着ている。淡い栗色のポニーテールをピンクのリボンで止めている。身長は高校生にしては小さく最近でも小学生と間違われたことがあるらしい。
「まったく、PD定期検診の日でしょ」
「はぁ…そういえば今日かぁ…憂鬱だよ、僕は超能力なんてないのに」
 サイキック・ドライバー通称PD、端的に言ってしまえば超能力者である。数年前に開発された超進化薬により、地球の人口の半数以上が超能力者として覚醒した。
 そんな新人類のような者たちは政府から、月に一度の定期検診を義務付けられている。
「そんなこと言わない、それじゃあ校門に集合ね」
「はぁ…わかったよ…じゃあ校門で」
 彼らの話が終わる頃に担任教師が教室に入りHRが始まった。
 
 時刻は午後七時を過ぎ定期検診に来ていた病院内には、蛍光灯の明かりが付き始めていた。
 病院の玄関にいた誠は腕時計に目を落としていた。背後から少女の声が耳に届く。
「お待たせ、ごめん遅くなっちゃって」
「ううん問題ないよ、それじゃあ帰ろうか」
「うん!」
 二人は今日の晩飯はなんだろう、などと他愛ない話ばかりをしながら帰り道を行く。時刻が遅いだけで二人にとってはいつもの光景だった。
 誠たちが話しながら歩いていると突然、佳奈が前のめりになって倒れた。
「佳奈…ねぇ…どうしたの、佳奈!」
 誠が駆け寄り佳奈を抱き抱えると、佳奈の腹部は赤く染まり口元には血が滲んでいた。何かを伝えようと口を動かしているが、空気が抜けるように佳奈の声は掠れてゆく。
「ははははは! 見つけた超能力者だ! ははははは!」
 後ろから狂ったような笑い声が聞こえる。振り向くと細身の男が腹を抱えながら笑っていた。その手には街灯に照らされ赤く染まったナイフがあった。誠はその光景で理解してしまった。目の前にいる人間は噂の連続殺人犯だと。
 誠はそっと佳奈から手を離し立ち上がり、佳奈を刺した敵の姿を見据えていた。
「お前が佳奈を…許さない…殺す!」
 言葉とともに怒りが吹きこぼれるようにふつふつと沸き上がってくる。
誠は踏み込みナイフを持った手に向けて拳を振り抜いた。だが殺人犯は回転するように躱し、誠の腹を蹴り飛ばした。
「ぐっ!?」
 背中がガードーレールにぶつかり止まる。肺の中にあった空気が一気に抜け咳き込む。殺人犯は誠の腹にナイフを深く刺しナイフを蹴った。
「がはっ!?」
「いい声で鳴くなぁ、活きがいい!」
 もう一度ナイフを蹴る。口の中に溜まっていた血が溢れ白い制服は赤く染まっていく。誠は殺人犯を睨みつけたまま視界の端で信じたくない光景を目にしていた。
 佳奈が背中を抑えながら立っていた。ついさっきまでしゃべることもできなかった佳奈が、虚ろな目で殺人犯を見据えゆっくりと言葉を紡いでいった。
「ゆる…さない…!」
 佳奈は手を伸ばし右手を大きく開きゆっくりと閉じていく、ただそれだけの動作で殺人犯の体は何かに押しつぶされるように変形していく。そしてグチャッという音とともに血しぶきが舞った。血はシャワーのように降り注ぎ佳奈や誠と一緒に周りを濡らしていった。

ぴちゃぴちゃという水音ともに佳奈は一歩ずつ僕に近づく。そして僕の前に膝を落としゆっくりと頬に触れた。氷のような冷たさが伝わってくる。
「ごめんね、誠」
静かに告げるその声はとても弱々しくて、今にも泣き出してしまいそうで、気がついたら僕は手を伸ばしていた。小さくて儚さを感じさせる今の幼馴染が放っておけなくて。
「僕は…大丈夫…だよ」
聴こえてくるのは掠れるような自分の声。佳奈に届くだろうか僕の声は。
 佳奈は声を殺すように泣いていた。聞こえてくる佳奈のすすり泣くような声は僕の胸を締め付けた。佳奈は僕の手を取り、涙をボロボロと流しながら笑顔を見せた。
僕は笑顔を見せて少しでも彼女を安心させたかった。でも心の内ではずっと、嫌だこのまま死にたくない、と願い続けていた。最後に見た彼女は血と涙に濡れていた。

「連続殺人犯は以前逃亡中です。付近の住人は夜間の外出は控えてください」
 ニュースではよく聞くような注意が促されていた。殺人犯は以前捕まっていない、ということになっている。死体は跡形もない状態では立証も難しく目撃証言も少ない。新崎誠と朝月佳奈が殺人犯に襲われた事件は、佳奈が殺人犯になることなく終わりを迎えた。
 佳奈は順調に回復に向かい早期に退院することができた。誠はギリギリのところで持ち直し少しずつ回復へ向かっている。今日も病室には二人の笑い合う声が聞こえる。