モンブラン

朝の通勤ラッシュを過ぎた時間。僕は大学に行くため、電車に乗る。
 マロン色の髪と黄緑色の大きな瞳。赤い縁の眼鏡をかけている、僕の名前は柿崎水穂。
大学二年生の二十歳だ。
 今日の講義は午後からだった。そのため、講義が始まるまで大学近くの図書館で読書をしようと思っていた。そう、彼に会うまでは。
 
 僕は出口のすぐそばの座席に座り、乗務員のアナウンスと乗り降りする人々の話声や歩く音やドアが閉まるを聞きながら、読書をしていた。
 自分が降りる駅までもうあと二駅。
「あれ、みず…ほ?」
 僕はいきなり名前を呼ばれて顔を上げた。
「ゆ…きと?」
 僕の目の前にいたのは黒髪に赤いメッシュの入ったチャラそうな高身長の男。
 僕の旧友である、飯島行人だった。
 
僕は行人に誘われ、最寄り駅の近くにあるカフェに来ていた。
僕たちはあまり人のいない右奥の席に座った。
僕は椅子に座った直後、電車で行人から聞いた話を思い出す。
行人は一人でこっちに戻ってきたということ、夜に仕事でホストをしているということを。
なんとなく見た目でそんな感じはしていたため、ホストの話は驚かなかった。
行人の整った顔を見つめながら僕は、とても懐かしい気持ちに襲われた。行人と会うのは何年ぶりだろうかと。
行人とは幼稚園から高校一年生までずっと一緒だった。腐れ縁というやつだ。
しかし、高校二年生の時に行人は家の事情で引っ越しをし、転校をしたのだ。
普通ならその先も続くと思われた関係。でも、この関係を壊したのは、僕なんだよね。
「水穂、注文するもの決まった?」
「へ、あ、決まった!」
 僕は行人の言葉にハッとして我に返る。とっさに決まったと言ったけれど、決めていない。
 僕は急いで下を向き、ファイルにきちんと閉じられている、その店のメニュー表に書かれたケーキ名と写真のついたページを見つめた。
 自分の好きなケーキを見つけて、その写真を指指しながら再び行人を見つめて言った。
「このモンブランにする」
 行人はにこりと微笑んで言った。
「そこ、変わんないな。水穂は小さい頃からモンブラン大好きだもんな?」
「そう言う行人は? ショートケーキでしょ?」
  僕は行人がショートケーキ好きだったことを思い出しながら質問をした。
 「残念。俺もモンブラン」
 「え? 行人はモンブラン苦手だったよね?」
 「そうだな、苦手で嫌いだった。でも今は一番好きなケーキ」
 「そう、なんだ」
  会わないうちに好みが変わっていたことに僕は酷く驚いた。行人のことは何でも知っていたはずなのに。そう、こうなったのも全て自分のせいなんだ。
 「なあ、水穂。あの時の答えはまだ有効?」
 「え…」
  僕は言葉を失った。行人はあの日のことを覚えていたのだから。
 「引っ越す前に、水穂がずっと前から好きと俺に告白したのを忘れた?」
確かに僕は行人が引っ越す前に告白した。「行人のこと恋愛対象として好きだ」と言うだけ言って逃げた。行人の返事を聞くのが恐かったから。
その後メールアドレスと携帯の電話番号を変えた。そう、僕は自ら連絡手段を切ったのだ。なのに、それでも行人のことが好きでたまらなかった。
だから今日久しぶりに会って驚いたのだ。そして告白のことを忘れていてほしいと願った。願っていたのに、行人はあの日の告白を覚えていて、その返事をしようとしている。
お願いだ、行人。僕のこと嫌いだと言わないでくれ。嫌いと言われたら、僕は一生立ち直れなくなる。
「俺さ告白された時、嬉しくて夢かと思った。ああ、水穂も同じ気持ちだったんだって」
「へ…?」
 僕は何が何だかわからず、間抜けた声を出す。そんな僕を見て、行人は右手で恥ずかしそうに右頬をかきながら言った。
「あー、つまり俺も水穂のことが恋愛対象として好き」
 僕は行人のこの言葉を聞いて嬉しくてたまらなくなってしまい、泣いてしまう。
「やっと言えた。だって水穂逃げるから」
「ごめ…ん」
 行人は僕の頬を伝う涙を右手の指先で拭う。
「謝んなって。俺さ…、モンブランを見ると水穂のことを思い出して、食べれないくせに注文してた。それでも食べた。大好きな水穂の好きなケーキ。なぁ、水穂。もう一度言ってほしい、あの時の告白を」
 俺は一度深呼吸をしてニコリと泣き笑って言った。
「行人、大好きだよ」
 行人は俺の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだのだった。     

 おわり