柴犬ムサシ

時間は、おそらく午前十時頃だろう。
俺は今日も、庭にある自分の犬小屋から、可愛らしい彼女を見つめる。
だが俺と彼女には、種族としての壁があった。
俺の名前は、ムサシ。村井という優しい男に飼われている、オスの柴犬だ。
そして俺が好きなってしまった、彼女。向かいの家に住む、名前も知らない綺麗な白い猫。
いつも十時頃になると俺がいる、犬小屋のある位置から右斜め上あたりにある、猫がやっと通れるくらいの二階の小さな窓近くに彼女は座っている。
日に当たる彼女の白い毛は宝石のように輝き凄く美しくて、思わず見とれてしまう。
そして何より見とれてしまうのは、偶に見える空のように澄んだビー玉のような青  
い瞳だ。
だが彼女の瞳を見る機会は、二日に一回程度だ。
俺はその瞳が見ることができた日は、今日はラッキーな日だと思い、その美しい瞳を
網膜に焼きつける。
いつも遠目で彼女を見つめている。もっと近くで彼女を見たいと、何度も思った。
でも運命は残酷なことに、俺と彼女の種族が違う。俺は普通の柴犬で、彼女は美しすぎる白い猫。
ホントにこればかりは、どうしようもないのだ。


時刻は、午前十時。今日も向かいの家に住む、柴犬が僕を見つめている。
僕の名前は、シロ。外に出たことのない、家猫だ。
家から出てみたいと、思うことはある。
でも僕が出て行ってしまったら、飼い主である149センチくらいの小学六年生の女
の子、夢ちゃんが悲しむ。それだけは、嫌なのだ。
だから僕は、窓越しから外の世界をじっと見つめていた。
その時に僕を見つめる、オスの柴犬の存在に気が付いた。
名前はずっと前に、夢ちゃんから聞いた。
柴犬、ムサシ。
おそらく彼は、僕が好きなのだろう。残念だったね、僕は君のことが嫌いだよ。
犬なんて死ぬほど大嫌いだからね。
僕はそう思いながら、僕を見つめ続ける彼を楽しみながら冷たい哀れな目で見ているのだった。
これは、彼に秘密だよ。

午後四時頃。向かいの家に住む、小学六年生の夢ちゃんが帰ってきた。
そして俺と村井の散歩の時間でもある。
「村井さん、こんにちは! ムサシもこんにちは!」
夢ちゃんは、可愛らしい笑顔を俺たちに向ける。
「こんにちは、夢ちゃん。学校、お疲れさま」
村井は夢ちゃんににこりと微笑んだ。
「いいな、犬の散歩。犬飼いたいけど、私猫を飼っているから」
「あぁ、白い猫さんかな? よく、窓のところから外を見つめているね?」
村井、お前も見ていたかっ! 俺は村井を横目で見た。
「うん。シロっていうの。白いオス猫だよ!」
夢ちゃんは、にこりと微笑む。
ん? 夢ちゃん。
今、オスと言った?
あの美しい白猫さんは、オスなのか!
俺は、ショックを受けたのだった。
それから数日間は、白猫を見つめるのをやめた。
だが数日し、あんなにも美しいのならオスでもいいような気がする! と、思い、また白猫の彼を見つめる生活が始まっていたのであった。   おわり。