灰色と空

遠い未来。人類が争いの果てに疲弊し、衰退の時を迎えた世界。そんな世界でも人類は生き残っていた。自らを支えるはずの技術によって土地の半分を水に沈め、自らが作り出した機械達によって追い立てられながら、それでも残された物に身を寄せて生きていた。
それは多くの者が暮らしていた都市を捨てたという事だが、そうでない者もいる。諸人の去った都市で冷たい機械に囲まれ、孤独に生きている者がいる。



――分厚い雲に覆われた空、降り頻る雨、水色の煌めく軌跡を残しながら空を往く無人輸送機、統一された灰色の街並み、ビルの上で空を睨む砲台、凹凸無く舗装された複車線道路を走る無人輸送車、雨にも構わず歩道を清掃する円柱形のロボット。ここは拠点都市セーダイ。かつて人類が争っていた時期に拠点として改造された街であり、今は捨てられ僅かな人が残るだけの、壁に囲まれ閉ざされた街。そんなセーダイの一角にある集合住宅で、この街に暮らす少年の一日が始まった。

「ハチ、忘れ物は無いかな?」
「アリマセン」
灰色の迷彩服に身を包んだ少年が、傍に漂う正八面体ドローンの前で回り、自らの服装を確認させている。彼は拠点都市セーダイに暮らす数少ない住人の一人であり、修理兵として都市機能を維持する施設を管理する役目を持つ。
「うん、なら行こうか」
「オ早イ出勤デスネ」
「今日は早めに起きたんだ。たまには時間より早く出勤しても良いだろ? 遅刻したからって何がある訳じゃないけど」
正八面体のドローン『ハチ』がゆっくりと回転しながら、中央に走る切れ目から蛍光色な光を発した。
「問題ハ無イト思ワレマス」
「じゃあ行こうか」
「ハイ」
 ハチが少年の斜め後ろに移動する。少年は玄関に向かう前に、額に納められた二枚の顔写真付きIDカードに向かって挨拶した。何年も前に亡くなった父母の物だ。
「お父さん、お母さん、いってきます」
「イッテキマス」
少年は玄関の扉を開き、集合住宅の一階に位置するロッカールームへと向かった。

少年は携帯型通信端末を起動し、自動的に割り当てられた指示を確認する。表示されている指示は緑が五つに黄色が二つ。赤は無い。普段と変わらない数だが、四つの指示が一つの区域で出されている。今日の仕事は、追加が無ければ早めに終わるだろう。
「寂シソウデスネ」
「まあね」
 ロッカーから工具箱を取り出し、中の工具を点検する。見る限り、どれも異常は無い。電動式工具を一つ手に取って電源を入れてみると、ディスプレイには何時も通りのスタンバイ画面が表示される。他の工具も同様だ。
「うん、大丈夫」
工具箱を持ち、まずはジェネレータの点検へと向かう。口から溜息が漏れた。
「何処カ痛イノデスカ?」
「ううん、大丈夫」

 少年が所々から青白い光を放つ機械の前に立ち、各部分を指差し、計測器を当て、音を聞いた。
「問題なし。今日の仕事、終わり」
「オ疲レ様デシタ」
 ハチが労う。少年の仕事はジェネレータの点検に始まりジェネレータの点検で終わる。動作する限りエネルギーと真水を生み出すジェネレータ。その点検は重要な仕事だ。彼はこの仕事を誇りに思っている。彼の父親もそう思っていた。ジェネレータの濫用が世界の半分を沈めた原因である事を知っていても、それは変わらなかった。

「さて、どうしようか」
予想通り、仕事は早めに終わった。端末の時計は午後三時と表示している。少年はロッカーに工具を仕舞う。呟きにハチが反応した。
「帰宅シ、体ヲ休メルノガ良イカト」
「うーん……」
 しばらく考えたが、ハチの提案を却下する気にはならなかった。却下した所で代案も無い。
「そうだね、そうしようか」
 家でハチとゲームでもしてから寝よう。そんな事を考えながら迷彩服を脱いで回収用ボックスに放り込むと、洗濯された迷彩服に着替え、降り止まない雨を一瞥してから帰路についた。

 少年の毎日はこの様な日々の繰り返しだ。変わるのは端末に届けられる指示の数と内容のみ。しかし彼は幸せだった。平穏と、それを維持する自分が好きだった。



――数日後。
「ハチ、忘れ物は無いかな?」
「アリマセン」
灰色の迷彩服に身を包んだ少年が傍に漂うハチの前で回り、自らの服装を確認させている。
「寝坊なんて久しぶりだよ。間に合うかな?」
ハチがゆっくりと回転しながら、中央に走る切れ目から蛍光色な光を発した。
「急ゲバ大丈夫デス。遅刻シタカラッテ何ガアル訳ジャナイケド」
 少年が苦笑する。ハチが不思議そうに傾げた。
「うん、なら行こうか」
「ハイ」
 ハチが少年の斜め後ろに移動する。少年は玄関に向かう前に、額に納められた父母の顔写真付きIDカードに向かって挨拶した。
「お父さん、お母さん、いってきます」
「イッテキマス」
少年は玄関の扉を開き、ロッカールームへと向かった。

少年は携帯型通信端末を起動し、自動的に割り当てられた指示を確認する。表示されている指示は緑が五つに黄色が一つ。赤は無い。普段より数は少ないが、出されている区域がバラバラだ。今日の仕事は、追加が無ければ何時も通りに終わるだろう。
 ロッカーから工具箱を取り出し、中の工具を点検する。見る限り、どれも異常は無い。電動式工具を一つ手に取って電源を入れてみると、ディスプレイには何時も通りのスタンバイ画面が表示される。他の工具も同様だ。
「うん、大丈夫」
工具箱を持ち、まずはジェネレータの点検へと向かう。
「行こうか」
「ハイ」

 正午。少年は小高い丘の上に個人用移動車を止め、そのそばで昼食を取っていた。周囲には機械によって管理され整然とした草木があり、彼はここで昼食を取る事を習慣にしている。普段は移動車の中で食べるが、今日は珍しく雨が降っていない。少年は上機嫌だった。だがここで携帯端末からアラートが鳴った。
「確認シテ下サイ」
「分かってる」
 ハチの催促を流しつつ端末を起動する。少年が知る限りでも、アラートは時々鳴る事がある。大概は所属不明機が確認されたので警戒せよ、といった内容だ。
「追加指示、赤。優先命令だね」
 端末には『優先命令』の表記。内容は……
「墜落した所属不明機の調査?」
 少年がハチを見る。ハチは中央に走る切れ目から蛍光色な光を発した。
「ドウカシマシタカ?」
「ええと……」
彼は困惑していた。所属不明機という物は知っているが、直接それに関わるのは初めてだったからだ。端末によると所属不明機はセーダイ近郊の森林部に墜落したらしい。セーダイ付近の空を哨戒するドローンに撃墜されたのだろうか。思わずそちらを向く。見えるのは、灰色の街並みだけだった。



――三時間後。
少年はハチと二台の護衛を伴い、森を進んでいた。その後方数百メートルでは、彼等が乗っていた無人輸送機が大破し、煙を吹き上げている。
「いてて……」
 少年が左腕をさすり、大破した無人輸送機の方を振り返った。彼が乗っていた無人輸送機は飛行中に突然ジェネレータが停止、木々が乱立する中で残ったエネルギーを使って不時着を試みた。そして、大破しながらも少年を軽傷にとどめ、搭載していたハチや護衛の小型無人戦車を破損させずに着陸した。これは少年が幸運と言うよりも、無人輸送機の操縦AIが優秀だった結果だ。少年は前に向き直る。
「ねえ、ハチ」
「何デショウカ」
「大丈夫かな」
「大丈夫デス。所属不明機ハ救助信号ヲ発シテオリ、位置ハ特定出来テイマス」
少年は苦笑した後、不安そうに周囲を見回す。通信も届かない深い森。彼がセーダイの外に来たのは初めてではないが、風に揺れる木々や草花、虫の鳴き声、時折視界に入る野生動物、それら全てが少年にとって知らない物であり、恐ろしく思える物だった。右手に持っているライフル銃も、扱いに習熟している訳では無い。日常業務の中には銃の訓練も入っているが、まともに訓練した事は殆どなかった。少年は泣きたくなった。
「スケサン、カクサン、異常は無い?」
「「異常、アリマセン」」
『スケサン』と『カクサン』、即ち護衛の小型無人戦車が返答する。返答しながらもスケサンとカクサンは上部に備わったカメラで周囲を警戒する。スケサンとカクサンは1メートル立方の箱に収まる程の小ささだが、高い耐久性を持ち、高性能な人工知能と二挺のエネルギーマシンガンを搭載した、少年にとってこの上なく頼もしい存在だ。彼らがいなければ、彼はセーダイの外に出る事をしなかっただろう。
「ハチ、目的地まで後どれぐらい?」
ハチがゆっくりと回転しながら、中央に走る切れ目から蛍光色な光を発した。
「救助信号ノ発信源マデハ一キロメートル程デス」
 一キロ。セーダイの中であれば遠くは感じないはずの距離を、少年は果てしない道のりに感じた。

「救助信号発信源マデ一〇〇メートル」
 ハチが報告する。スケサンとカクサンは警戒を続けている。少年は疲れではなく安堵から溜息をついた。未知に囲まれる中で、それらと比べれば余程の馴染みがある『所属不明機』という存在は彼の恐怖を多少なりとも和らげていた。それどころか、遠きセーダイに帰還する唯一の希望とも言える存在だった。
「あ……あれかな?」
 木々の奥に灰色の物体が見えた。詳細は分からないが、セーダイでもよく見る無人輸送機に似ている。双眼鏡を取り出し、より詳細に確認する。十五メートル程の大きさ、二人乗りのコクピット、左右の翼の先に付いたエネルギーブースター。どれも見覚えがある。見た限りでは大きな破損は無い。
「うん、やっぱりあれだね。一世代前の輸送機かな。変なペイントがされてるみたいだけど」
 所属不明輸送機の側面には長い嘴と脚が特徴的な鳥の絵が描かれている。少年には何の鳥か分からなかった。
「とにかく調べてみよう」
「気ヲ付ケテ下サイ」
 双眼鏡から目を離す。そして携帯端末を取り出すとスケサンを遠隔手動制御モードに切り替え、自身はカクサンの後ろに隠れながら、スケサンを先に進ませた。

少年は自身も周囲も警戒しながらゆっくりとスケサンを輸送機に近付ける。何事も無く輸送機の傍まで辿り着いた。
「自衛用火器を搭載してるはずだけど……墜落の衝撃で壊れたのかな?」
「分カリマセン」
 輸送機の周りを一周させて様子を窺うが、やはり何の反応も無い。
「中身を確認したいけど、近付かないとダメだよね」
 携帯端末の画面には輸送機の側面部ハッチが映し出されている。勿論ロックされているので、端末越しでは開けられない。少年はスケサンに待機指示を出して手動制御を切り、カクサンの陰に隠れながら輸送機へ近付いた。

 少年は輸送機を眺めた。遠目では分からなかったが、随分と使い込まれている。整備はされているようだが、隠し切れない傷や凹みが無数に付いていた。その上から、墜落の際に付いたと思われる傷が刻まれている。
「傷だらけだ。……もしかして、平和なのってセーダイだけなのかな」
「分カリマセン」
 少年はカクサンの後部に積まれた工具箱を開くと、中から幾つか工具を取り出した。
「簡単に開くと良いけど」
 呟きながら工具をハッチに近付ける。すると、ハッチが開いた。
「えっ?」
 間の抜けた声。少年は状況が理解出来なかった。何もしていないのにハッチが開いて、中に人が立っている。満面の笑みを向けられている。素敵な笑顔だ。灰色のツナギを着ている。自分とはどことなく、何かが違う。抱き付かれた。顔が熱くなる。
「まさか来てくれるなんて! しかもこんなに早く! ありがとう!」
 目の端に涙を浮かべながら喜ぶ所属不明機の主。少年は混乱で固まっていたが、背後でスケサンとカクサンがエネルギーマシンガンを構える気配を感じ、振り向いた。
「待って! 待機! 様子を見て!」
 命令を受けたスケサンとカクサンが、エネルギーマシンガンを構えたままカメラ以外の動きを止める。少年は溜息をついてから、前に向き直る。人と話すときは丁寧に。そう教えられた。丁寧な話し方はどういう感じだっただろう。
「えー、ええと、あの、あなたは?」
所属不明機の主は少年から離れる。
「あ、ゴメンね。アタ