迷い込みイーグル

「こいつは一体なんだってんだ……。」

 天空を飛翔する灰色の迷彩が施された戦闘機。翼に日の丸を掲げたF-15イーグルのコックピットの中で、パイロットである俺は外を見て呆然とした。否せざるを得なかった。

「なんで地平線が水平なんだ!」

 明らかに地球では有りえない現象だった。地球は球形である為地平線は僅かに歪曲しているが、この地平線は明確に直線を描いていた。これが示す残酷な事実は唯一つ、認めたくないがここは地球では無いと言う事を示していた。

 「くっそ…ここが地球じゃねぇのは受け入れるしかねぇみたいだな…。やれやれとんだ調査任務になっちまったな。」

 (だがどうする?現状ここに関する情報は一切無い。それに計器類はバグって使用不可、GPSは反応が無くて沈黙し、レーダーも動いているが正常な探査が出来ていない…。そしてなにより地図情報が無いのが痛いな)

 現状確認できるだけでこれだけの不具合が確認出来た。そしてこれが相当に不味い状況であることも、一流のパイロットである事を自負する俺に理解出来ない訳が無かった。
 俺はコックピットから周りを見回す。時刻は不明だが光量的に太陽の位置が天頂からやや傾いているくらいと見え、昼過ぎか昼前と予想できる。天候は晴天で多少雲があるが問題は無い。俺はイーグルの高度を下げて地上を見た。

 (地表は針葉樹林が多いか。…なんとなくだが気候は欧州に近いか?それにしても山ばっかりだな。下手すれば荒地とかに着陸するハメになるかもしれないか)

 最新では無いがイーグル含めジェット機はあまり足は頑丈では無い。荒地になど着陸すれば足が折れてしまう可能性もある。仮に足が折れなくてもタイヤのグリップが消耗してしまえば次の着陸は難しくなってしまう。

 「もしそうなったらイーグルは乗り捨てざるえないよなぁ。流石に一機百億のイーグルを乗り捨てざる状況にはなりたく無い」

 溜息をついた時漸く山ばかりの視界が開けた。そしてそこに有ったのは、

 「…あれは屋敷か?しかも結構デカイな」

 西洋風の館は山の中腹に建てられた構造で、そのサイズは山城としてはかなり大きい。彼の目測では最高部の尖塔までの高さは入り口から100メートルはあろうかと言うほどだ。そして彼を驚かせたのは、

 「コイツは滑走路!なんで滑走路を備えた屋敷なんて有るんだ?」

 頭を捻ったところで答えなどではしない。疑問を後回しにし、イーグルを大きくグルっと旋回させて滑走路の状態を見る。滑走路は屋敷の裏、つまり連なる山の山頂を切り開いて作られたものだ。かなり特殊な作りだが中々広く、一本しか無いが滑走路もそれなりの長さだった。

 「見た感じコンクリート舗装はされて無い。でも大きな石は無さそうか。穴とかも空いてないし、これなら着陸できるか?」

流石にどっかの国のようにマンホールに落ちてイーグルをお釈迦にするのは俺にとっても避けたかった。イーグルの着陸脚を降ろして高度を下げ、着陸態勢を取った。グングン大きくなる滑走路を見、

 (滑走路の全長は1.5キロってところか。イーグルを着陸させるなら余裕だが、少し早めに着陸させて余裕を取る!)

 滑走路の前端から少しの場所へ、イーグルはエアブレーキを上げながら大地に降り立った。キュッとタイヤが強く擦れる音が鳴り、基地の飛行場に着陸した時より強く振動するイーグルを地表に押し付け、イーグルは700メートルほど滑走して止まった。俺はメットを脱いでイーグルのエンジンを弱めた。流石にこのよく分からない状況でエンジンを止めれる程の蛮勇は俺にはなかった。
 額から流れ出た汗を手で拭ってつい呟いた。

 「さ…さすがにバグった高度計使わないで着陸なんてキツすぎるぜ。目測で着陸しなきゃならんなんてイかれてるよ、まったく」

 強く脱力しながらキャノピーを上げてコックピットから出ようとし、ふと気付いた。

 「そういや梯子がねぇじゃん」

 戦闘機のコックピットの位置は結構高い。イーグルも例に漏れずコックピットから地表まで2メートル近くある。普通の人間だと骨折は兎も角、足になんらかのダメージが入るレベルの高さだ。しかし俺は普通にヒョイと飛び降り地上に立った。

(昔の山に比べりゃ何のもんじゃっての)

 そして軽く周りを見渡し、溜息を吐いてそっと両手を上げた。

 (そりゃまぁ無断で滑走路使えばこうなるよねフツー)

 彼を取り巻くように、滑走路の脇にあった格納庫から整備員らしき人物がやってくる。勿論拳銃をこっちに向けながら、であったが。




 拳銃で脅されながら俺は屋敷まで連行された。抵抗しようと思えば難しく無いが、抵抗する理由も薄い。流石にイーグルへちょっかい出されれば抵抗したが、何故か整備員らしき人達は気味が悪い物を見た言わんばかりにイーグルへは近づかなかったのだ。そして驚いた事に整備員は全員女性だった。
そしてこう言った状況に心当たりがある身としては、

 (人手が足りてないのかね?あーあーやな予感すんなあ、ちきしょうめ)

 それを見て内心嘆く俺が連行された屋敷の中は、豪華さより堅実さを感じる内装だった。こういった如何にも貴族の屋敷と言える見た目の割に、絵画や壺のような高い展示物は少なく、むしろちょっとした手摺に施された彫刻に目がいった。実に上品な屋敷だと彼は評する。
 そんな俺が気になったのは、俺の拘束を屋敷のメイド(ただし萌え要素無しのかっちりしたビクトリアンスタイル、残念)に引き継ぐためにしていた会話だった。

 「」
 「」
 (それにしてもこいつらはいったい何を話しているんだ?)

 航空自衛隊のパイロットとして英語だけでなく、欧州の主要各国の言語にも対応していた筈の俺ですら聞いた事のない言語だった。大方自分の処遇についての話をしていそうな気はしないでも無いが、それ以上の事は分からなかった。
 そしてもう一つ気になったのは、

 (一瞬しか見えなかったが、あの拳銃…たしか相当古い物だった気がするが)

 もしかしたらこの世界の技術レベルは低いのかもしれない。とは言え滑走路がある時点で何かしらの飛行機械がある事は確かだろう。…竜みたいなファンタジー生物の可能性もあるには有るが。

(もし帰れる技術が無かったらどうするか…)

 今最も俺を悩ませているのはそこだった。とは言え今考えても仕方ない事だ。頭を振って考えを振り払い目の前を見据えた時、漸く着いたのか右隣のメイドが入ります的な事を言ったのか応接室らしき部屋へと彼は入った。部屋の中には中央に執務机があり、そこには一人の男性がこっちを見定めるように見つめ、その横には二十代くらいの女性がニコニコしながら佇んでいた。そしてその女性の後ろから腰にひっつくように一人の少女がこっちをキラキラした目で彼を見てきていた。

 (見た目と配置からすると中央の座っている若い男性がこの屋敷の主か?隣の女性は…たぶん男性の妻で、後ろの女の子は仮称妻の妹かな。それにしてもそろいもそろって美形か、ちょっと緊張するなぁ。それにしても仮称妹さんは何故そんなキラキラした目で俺を見て来るんだろうか?)

 そんな目で見られている割に何故か隠れている。引っ込み思案なのだろうか、と俺は推測した。しかし中央の男性に話しかけられて彼は驚愕する事となった。

 「失礼、自分はこのフランドル領を預かっているボードゥアン・メッサーシュミット・フランドルだ。見た所君は軍人かい?」

 一瞬彼は声を詰まらせて返答が遅れた。しかしそれも仕方ないだろう。それほど不思議な光景だったのだから。

 (日本語だと…!?いや違う。聞こえてきたのは日本語だが、口の動きは日本語じゃないな。何らかの翻訳機…いやもしかしたら魔法なのか?)

 驚愕したとは言え名乗られたのならば名乗るべきだろう。俺は内心こっちの声も翻訳されますように、と意を決して口を開いた。勿論日本語で、

 「自分は日本国航空自衛隊所属、飯垣翼二尉と申します。現在訳あってこの世界に迷いんでしまったと思うのですが。…何か心当たりはありませんか?」

 無難に所属と訳を探った俺はボードゥアンの返答を待ちながらさっきは聞き流した疑問について考えた。

 (たしかフランドルは昔のフランス王国時代にあった貴族の性名だった筈。それにしてもミドルネームがメッサーシュミットだって?フランス名とドイツ名が混ざってるじゃないか。なんか訳ありっぽそうだ)

 尚フランドルと聞いてちんぷんかんぷんの人もいると思うが有名なフランダースの犬の語源かつ舞台(フランドル地域は広域に渡り、スイスだけでなくスペインも含む場所である)でもあった場所と言えば分かるかもしれない。
 そう俺が内心考察する中、ボードゥアンは何故か首を傾げた。

 「ふむ?君くらいの歳で中尉か、それにしても日本か…聞いたことのない国だな」
 「そんなに若くみえますかね?まぁ多分日本の事を調べても出てこないと思いますが」

 確かに俺の身長は低いほうだが。180センチ近くあるボードゥアンから見れば170センチを切り、童顔で尚且つ日本人の俺は若く見えるのだろう。
 俺の返答を聞いて頷いたボードゥアンは頷いて、

 「成る程こうなった訳に見当がついているようだね?」
 「はい、まず自分が所属している自衛隊は日本という国にあり、そして日本は地球という惑星の上にありました」
 「…続けてくれ」
 「そして恐らくですがこの世界と違い、地球は球形をしていました。この為地平線は僅かに歪曲して円を描いていなければなりません。しかしこの世界の地平線は水平でした。この事から自分はここを地球では無いと判断しました」

 ボードゥアンは僅かに瞑目し、口を開いた。

 「確かに此処は君の言う地球では無い。私たちはこの世界をオースと呼んでいるよ」
「やはりそうでしたか」
「まぁ今君の現状認識は後にしてもらおう。それでこれからどうするつもりだね?」

 うーむ。そこが悩みどころだ、そしてこの質問の内容的にボードゥアンは恐らく俺の事をどうするかはもう決まっているのだろう。

 (果たしてそれを受けるか否かではあるが、どっちにしろ行く当てもない。それにここならばイーグルを運用するための滑走路も格納庫もある。例えここを出たとしてもイーグルを安全に保管できる可能性は低い…なら)
「その話を伺ってもよろしいでしょうか」




 そして俺はボードゥアンからの話を受けた。ボードゥアンが俺に提案した内容は、ボードゥアンの経営している航空機製造会社の試作機のテストパイロットをする事。それと、

「ねぇねぇ、ツバサの世界の事とあの飛行機の事を教えて?」

 そう言って俺を格納庫まで引っ張って来たのはボードゥアンの娘であるアリスだった。アリスはボードゥアンの経営する航空機製造会社で若いながらも研究者として働いているらしい。ボードゥアンのもう一つの話はそんなアリスの研究を手伝って欲しいというものだった。

「まぁ教える分にはいいけど軍機に触るもの以外なら良いぞ」
「良いの!?」

 キラッキラとした翡翠の瞳で見つめられて少したじろぎながらおうと頷いた。アリスは服装こそツナギの上に白衣という野暮ったさを感じるものだが、その容姿はそれが霞んで気にならない程の美少女だった。薄く銀色にも見える金髪は肩口で切り揃えられ、緩くウェーブした髪はフワフワしているように感じる。綺麗さより本人の天真爛漫な振る舞いのせいか可愛さを感じる顔だが、日本では見た事ない程美しい黄金律を描く顔立ちだった。流石にそんな少女からに見つめられて平然と受け答えするのは女性慣れしていない俺には結構キツい。知らず知らず口調がぶっきらぼうになってしまうのは避け得なかった。

「んじゃ、あの飛行機の名前は?」
「名前ね、F-15イーグルっていう戦闘機さ」
「へー、あのサイズで戦闘機なの。爆撃機だと思ってたわ。それで速度ってどれくらいなの?」
「M2.5。時速に直せ