教室の眠り姫

夕暮れ時、隼人は校舎の昇降口付近にある廊下を走っていた。
明日提出予定の課題を、教室に置き忘れた事が原因である。あの課題を終わらせなければ、留年が確定してしまうのだ。
「ああ――、何であの時思い出せなかったんだろう」 
通学路を歩いていた時に気づいた事で、もう一度学校に来る破目になってしまった。何事も無ければ、自宅でアニメを見ていた頃合だと思う。
好きなアニメを見逃さざるを得ない状況に、少しだけ心が落ち込んでしまった。
……走って行動すれば何とか間に合いそうだな。
「早く家に帰りたいし、さっさと教室に行かないと」
 隼人の教室は校舎の五階部分に位置しており、一階にいる彼は階段を駆け上がらないといけなかった。
面倒くさいな……。何で五階に教室があるんだろう。
文句を呟きながらも階段を上っていく。部活動に所属していない事もあり、直ぐに息切れを起こしてしまう。
 はぁ――、はぁ――……よぅやく教室が見えてきたよ……。
 隼人が教室に足を踏み入れると、机でうつ伏せになりながら寝ているクラスメイトがいた。
 誰だろ……席順的には……飛鳥か。そういえば、午前中から具合悪そうにしてたな。体調が悪いならさっさと帰れば良かったのに。
 隼人は黒髪のロングヘアが特徴的な飛鳥の元へと近づいていき、彼女の寝顔を眺めていた。
現在、教室には二人しかいない。妙な緊張感に襲われてしまい、唾を飲んでしまう。
飛鳥とは中学校からの知り合いで、昔から告白しようか悩んでいた。しかし、そんな勇気もなく、気が付けば高校二年生の六月に差し掛かっていたのだ。
……告白なんて……肩を触るくらいだったら、別に問題ないよな? 
隼人は、彼女を起こす目的で肩を触ることにしたのである。 
「……飛鳥……、飛鳥、起きろよ……」
 隼人は彼女の肩を揺らす。しかし、飛鳥からの反応は無かった。
 ……声が小さかったかなぁ? でも、肩を揺らしたんだし、普通気が付くはずだよな。大丈夫なのか? 
隼人は飛鳥の頬を指先で突っついた。彼女の頬は柔らかく、何回でも触りたくなる。
「んっ……」
「えっ!」
 行き成り飛鳥が反応した事で、隼人は後じさってしまう。
「……」
「な、なんだよ、ただの寝言かよ。ビックリさせんなよ……」
 普段から見ることの無い彼女の寝顔に、心を癒されそうになった。
 も、もう一回……って、俺、課題を取りに来ただけなんだ。早く帰んないとアニメ見逃してしまうじゃないか。
隼人は本来やるべき目的を思い出す。片思いの相手に心を躍らされてしまったのだろう。
飛鳥がこんなに無防備になる瞬間なんて無いだろうし、もうちょっとだけ触ってみてもいいよな。
この際、アニメを見逃しても良いような気がしてきた。
隼人が彼女の頬を触った瞬間――飛鳥が眠そうな表情をしながら起き上がったのだ。
「……どうしたの?」
 眠そうな面影を見せている飛鳥は、そういう風に隼人に問いかけてくる。寝起きなので、整った綺麗な顔が少しだけ歪んで見えた。
「えっ、なんでもないよ……俺、課題を取りに来ただけだし。それよりさ、飛鳥こそ具合が悪かったら早く家に帰りなよ」
 話題を変えながら話す。
「うん、そうだね、そうするよ……。さっき誰かに触られていたような気がしたんだけどなぁ、あれは気のせいだったのかなぁ?」
 彼女の間は鋭い。このままでは直ぐにばれてしまいそうになる。どうにかして、上手く誤魔化さないと……。
「気のせいじゃない、多分夢だよ夢。あと、具合が悪いなら一緒に帰ってあげてもいいよ」
「一緒に帰ってあげても良い? 隼人は何でそんなに上から目線なの?」
 慌てて言い訳を考え、それを口に出したことで、喋る内容をしくじってしまったようだ。
「んぅ、具合悪かったし、一緒に帰ってくれるなら、私としても嬉しいけどね。私、帰る準備を整えるからちょっと待っててね」
 飛鳥は椅子から立ち上がると、机の横に掛けているバックを掴んだ。彼女は必要なものをバッグに詰め込んでいく。
「ん? もう五時半なのね。かなり寝ていたのね」
 教室に掛けられた時計を見やりながら喋った。
「私の方は準備整ったよ。隼人も課題持った?」
「うん」
「じゃあ、帰ろっか」
 ……告白か、二人しかいない状況でもそれは難しいかもな……。でも、飛鳥と一緒に帰れるのであれば、今のところは良しとするか。
 告白よりも課題を終わらせないと、飛鳥と一緒に居られなくし。今日は徹夜でもするか。隼人は、彼女と一緒に廊下を歩きながらそう考えていた。