百聞は一見にしかず

エウロペ大陸の南部。その形から長靴とも呼ばれるウェザーニャ半島の先には正三角形の島があった。  
私が客として乗った大型帆船サン・エルトゥーベ号がその三角形の島、イズレア島に寄港したのは夏の中でも最も熱い八月の事だった。甲板にはじりじりと太陽が照りつけている。私の他に何人か乗っていた客達は船が着岸すると我先にと船を下りて街中へと向かってしまった。
「さて、どうしたものかな」
 私は甲板の端に置かれている木箱に座り込みながら甲板を見回した。
船に残っているのは私と船員達のみ。船の各所では船員達が次の出帆準備に忙しく働いていた。彼らが樽を何個も転がしたり帆の修理のために大きい布を甲板に下ろす姿を見て時間を潰すのも悪くはないのだがそれでは私が変人扱いされる。
ただでさえ普通は馬で移動するものだ、と思われている騎士が船に乗って移動しているというだけで奇異な目に晒されるというのにこれ以上変人扱いはされたくはない。
私は甲板から船から見える街並みをじっと見た。港周辺の建物は全て白く塗装され夏の陽射しにきらきらと輝いている。
北方では真っ白に塗られた建物など一つもない。多くはレンガ積みそのままだ。私はその見た事のない光景に興味を持った。
「たまには用のない、知らない場所を歩くのも悪くない、か」
 そう独り言を呟くと私はゆっくりと木箱から立ちあがった。
 しかし、私には土地勘がない。せいぜい、この島がどの位置にあるのかくらいしか分からない。この航路をよく使っている船員に島の事を聞いてから島に出るのが得策だろう。
「君、ちょっといいかな?」
「はい? なんでしょう、ユリック・デ・パルメリン様」
 私はその時たまたま岸への渡り板の前にいる眼鏡をかけている日焼けしたエルフに話しかけた。彼女はこの船で経理を担当している。さっきも左手に持っている帳簿とにらめっこをしていた。「南方情勢は複雑怪奇、死ね」などとぶつぶつ呟きながらだが。
「君はこの航路はよく使うのか?」
 そう聞くと彼女は絹のように長い金色の髪をその長い耳にかけ始めた。腕を動かすたびに半袖シャツの袖口から見えるエルフ特有の純白の肌が日焼けした黒い肌と対比してより美しく見える。そのコントラストはなんとも言えない艶めかしさを醸し出していた。
「そうですね。よく使いますが……パルメリン様、どうかされましたか?」
彼女の目が半目になっている。怒っている、というよりはどこを見ているの? といった感じだ。しかし、白い肌と日焼けの跡に見とれていた事はバレてはいないようだ。
「いや、何でもないんだが、君はこの島には詳しいか?」
私はとりあえず平静を装った。向こうも本題を切り出された事に気付いたらしく睨むような半目はやめた。
「ええ、ここには何度も来ていますから」
「それはありがたい。なにぶんこの島には初めて来たものでね、少し案内をしてくれないか?」
私がそう言うと彼女はちらりと左手に持っていた帳簿に目を落とした。作業途中だったのか「皿」と書いた隣には空欄が出来ていた。彼女はそこに「追加注文」と走り書きし、帳簿を閉じる。
「では、説明しましょうかパルメリン様」
「頼むよ」
 彼女は左手から右手に帳簿を持ちかえると空いた左腕を伸ばし、遠くに見える山を指差した。
「あの煙を年がら年中上げている山がリーパリ山です」
「ほう……」
「あの山はいつも噴火しています。溶岩で作った皿、なんて物もよく街で売られていますね」
「君はその皿を使った事は?」
 そう聞くと彼女は腕を下ろしながらこちらを見ずに言った。
「ありますが……あれは普通の皿というよりは灰皿向きでしょう。真っ黒ですし割れやすいですし」
「そうか、灰皿向きか」
 そうですね、と少しそっけない返事をしながら彼女はリーパリ山から右に腕を動かした。山から少し離れた丘に白く光る建物が見える。
「あれがこのあたりで信仰されているエリュミア神の神殿です。この島には巡礼者がわりと多いですね」
「豊穣、そして平和の神エリュミアか」
 その一言を聞いて彼女は少し驚いた顔をした。エルフはあまり顔に感情が出ない種族とも言われているのでその反応にこちらも少し驚いてしまう。
 彼女は伸ばしていた腕を下げると、私に逆に質問をぶつけてきた。
「パルメリン様、北方でもエリュミアは知れ渡っているのですか?」
「北方でも新しいモノ好きな奴はいるからな。知れ渡ってはいないが、情報は伝わっているよ」
 そう言うと私は北方の友人に聞いたエリュミア神の情報をいくつか羅列しはじめた。
「エリュミア神はこの半島周辺で多く信仰されている神で、元はエルフが信仰していた土地神のようなものだった。今では普通の人も多く信仰している。豊穣の神、平和の使者としての印象が強いが、戦神としての一面も持っている」
 私が知っている情報を口に出すと、彼女は目を見開いた。北方という離れた場所出身の騎士がそこまで知っているとは思わなかったのだろう。
「パルメリン様は博識ですね。という事は戦神、平和の使者の意味も……」
「残念ながら、知っているよ。戦い、勝って、平和を与える。そういう意味だ」
 私がそれを言うと彼女は顔を伏せた。
「戦いは、恥ずべき過去です」
「確かにそうかもしれないが、今はその過去なんて話した所で何にもならない。それよりもこの島の面白い所は他にあるか?」
 私が話題を戻すと彼女は少しの間私の顔を青い瞳で見つめてきた。が、すぐに島に目を移してしまった。
 彼女は島を見ながら顎に左手をつけながら考えこみ始めた。
「それだけならそれで構わないのだが……」
 私がそう言うと彼女は慌てて顎から左手を放してこちらをまた見つめながら言った。
「いえ! あとは地元の人しか知らないような所ばかりですのでどうやって伝えるか考えていまして」
「あ、あぁそうなのか?」
 私がそう言うと彼女は大きく頷いた。
「はい。で、ちょうど街にいくつか商品を追加発注しに行かないといけなかったですし、パルメリン様も一緒に街にいらっしゃいませんか?」
「君が案内人をやってくれるのか?」
 私がそう言うと彼女はまた頷いた。
「はい、仕事のついでとはなりますがパルメリン様がそれでよろしければ」
 彼女はそう言うとゆっくりと渡り板を渡り出した。
 私もその綺麗な髪を追ってこの見知らぬ土地へと足を踏み入れた。