よろしければ、魔女を飼いませんか?

玄関前に立つ幼女の言葉に俺、田崎亮二(たざきりょうじ)は自分の耳を疑った。
 幼女は言動もおかしければその服装もおかしかった。真夏だというのに肩の出た茶色のカットソーにマントを羽織っている。大人びた厚底のブーツを履いており、頭の上には先の尖った帽子を被っている。
 十歳前後の幼女はショートの白髪に青のメッシュを入れており、赤い双眸が特徴的だった。まるで、日曜の朝に放送している魔女っ子キッズアニメのコスプレじゃねーか……。おかしいのは言動、容姿以前に頭の方かもしれない。
 ったく、こっちは高校が夏休みだから気持ちよく寝ていたところだというのに最近のガキと来たら……親の顔が見てみたいもんだ。
 ため息をついた俺は玄関のドアを閉めようとする。が、幼女が玄関の隙間に自分のブーツを挟み込み、それを阻止した。
「あの、冷やかしなら帰って頂けませんか?」
「ひ、冷やかしじゃないです。お兄さん、魔女を……いえ、私の事を飼いませんか?」
 幼女は必死に顔を赤くしながら叫ぶ。ってか、魔女ってお前の事かよっ! 俺はこの幼女からトラブル臭を感じ取り必死に玄関から追い出そうとする。
「魔女を買う気は今後一生ないからね? 早く自分ちに帰っておとなしく勉強しろよ!」
「わ、私だってお兄さんが魔女を飼うまで自分の家に帰る気はありません!」
 ……悪徳商業かよ。
 何言ってもこの幼女は引き下がらないか。それならこっちにだって考えはあるさ。
 俺はわざとらしく笑みを浮かべながら、
「わかったよ。だけど部屋ん中散らかってるし掃除すっから悪いけど外で待っててくれないか?」
 幼女の顔はぱぁっと明るくなり何度も首を縦に振った。
 他人の言葉を鵜呑みにするとは馬鹿丸出しな奴……。所詮は子供だな。
「それじゃあ、悪いけど玄関から出てくれるか? 終わったらすぐに呼ぶから」
「はい、待ってますねー」
 幼女を外に出すと速攻でドアを締め、鍵をかけた。ついでに掃除をする代わりに家中の窓という窓を全て施錠して家の中を完璧な密室にする。ちょっと蒸し暑いがリビングの冷房をつければ問題ない。
「……悪く思うなよ」
 この炎天下の中、あの幼女でも一時間もすれば諦めて帰ってくれるだろう。鬼は外、福は内とはこのことだろう。いや、今のは自分でも分からないけど。
 幼女に付き合ったおかげか、喉がカラカラになった。確か、冷蔵庫の中にコーラがあったはずだ。
 玄関から歩いてすぐ右のキッチンまでいくと、の冷蔵庫の中から1.5リットルのコーラを取り出し、氷の入ったコップの中に注ぐとそれを一気に呷る。
 甘みが口いっぱいに広がり、炭酸の刺激が舌を痺れさせ、冷たさが心地よく喉を流れていく。残った氷も口に含み、ポリポリと噛み砕く。
やっぱり夏に飲むコーラって化け物じみた旨さがあるな! それも幼女と言い争ったあとに飲むんだから格別だ。
「さて、目も覚めたしリビングでゲームでもするか」
 夏休みはギリギリまで勉強をしないというのが醍醐味だ。つーか、毎日勉強してる奴なんてこの世にいるもんかね? いたら大したもんだよ。総理大臣になれんじゃねーの?
 コップを流し台の近くに置いた俺は向かいにあるリビングに足を運ぶと、冷房をつけてソファーにドカッと座った。
「あー、だりぃ。なんか、ゲームするよりもグダ寝した方がいいかもしれん」
 冷房をつけたまま目を瞑る。冷房をつけたまま眠ると風邪を引くって母さんは言ってたけどこの快適さの前では誰も逆らえねぇって。
 そのままそれは眠ろうとしたとき、ピンポーンと家のチャイムを鳴らす者がいた。
 んだよ、こんな炎天下に誰が……。俺は二度目のチャイムに渋々と重い腰を上げると、入り口前の覗き窓から外の様子を伺う。
 外には汗を滝のように流した幼女の姿があった……って、まだいたのかよ!
 幼女は暑さにやられたのか顔が紅潮しており、服は汗でべっとりと肌に張り付いてとても官能的な姿になっていた。
 危うく扉を開けるところだった。嘘をついていたことがバレて幼女はご立腹の様子だ。
「お兄さーん。掃除はまだ終わりませんかー? そろそろ私の方も限界なんですけど!」
 まだ掃除してると思ってやがる! このままだと本当に干からびるまで待ち続けそうだ。
 うう、あの幼女とは関わりたくないがこのままあの幼女が玄関前で干物になってしまうのも困る。俺にどうしろって言うんだ?
 そんな俺の心情をせかすように幼女は叫んだ。
「あー、もうっ! 何やってるんですか? 私を早くお兄さん(の家)の中に入れてください! 私、もう(外の暑さで)身体が火照って我慢できないんです! もうこの服も脱ぎたいですし、このまま放置プレイなんて許しませんよ! というかここで今すぐに脱ぎますよ? 良いんですか? 良いんですね!」
「ま、待て待て待てぇーい! おまっ、なに近所で大声叫んでんだよ! 俺が、近所でロリコン高校生とか変な疑惑が回覧板みたいに情報拡散でもしたらどうすんだ!」
 俺は幼女の叫び声に我慢できず玄関を開けると幼女の口を塞いでそのまま家の中に引き込んだ。
 くっそ、次に外に出たときの近所の反応が怖いわ。
 幼女は俺の手から離れると笑みを浮かべながらこう言いやがった。
「お掃除お疲れ様でした。とりあえず喉が渇いたので飲み物を恵んでもらえませんか? それから服が汗でビショビショに濡れてしまったのでシャワーをお借りしたいです」
 こ、こいつ。今すぐ追い出したろか! 
 拳を握りしめるが怒りを必死に抑える。追い出したとしてもまた外で変なことを叫ぶ未来は目に見えている。
 俺は幼女の言葉通り、風呂と、コーラを献上することとした。

「あぁ、すごく快適です。ここは天国なんですか? 天国なんですね~」
 幼女はそう言いながら冷房の効いたリビングで寛いでいた。ソファーに身を任せ、片手にはコップに入ったコーラをストローでチューチュー吸っている。
 着替えはもっていなかったようで仕方なく俺のTシャツを貸したんだけど……俺の他に家族が誰もいなくて良かった。ノーパンの幼女が俺のTシャツを着てリビングで寛いでいるところを両親にでも見られたら確実に家族会議が勃発していたところだったよ。
 俺は幼女の正面、テーブルを挟んだソファーに座ると疑問に思った事を問いかける。
「んで、お前はどうして俺んちの前で魔女っ子のコスプレをして自身の訪問販売をしてたんだ?」 
 コップの中の氷をあめ玉のように転がしていた幼女は、
「私は「お前」じゃなくて、リーザという立派な名前があります。それからこれはコスプレじゃなくて正装、私は本当に魔女なんですよ?」
 頬を膨らませて言った。
 リーザって本名か? 髪とか目の色から伺うにどうやら外国人っぽい感じがするけど日本語ペラペラだしなぁ。
「私はこの世界の住人じゃないんです。この世界とは別の次元に存在する世界で私は災厄の魔女として千年の時を生きました。ですが、そんな短い年月でさえ人間は急激な進化をする……。人間の力によって私は窮地に立たされました。命からがら逃げ切ったのは良いのですが、力のほとんどが失われてしまい、見ての通りこんな幼子の姿になってしまったんです」
リーザの卑劣な過去話を聞いた俺はふと思った。
こいつ、俗に言う厨二病ってやつなんじゃねーの? まだ若いのに可哀想な奴……。
 俺が嘆息しながら哀れみの視線を向けると、リーザは顔を引きつらせる。
「そ、そんな頭のおかしい人間を見るような目をしないでください! 私、頭がおかしいわけじゃないですから、本当に魔女ですからね!?」
「うん、分かってるから……」
「その笑顔、絶対分かってませんよね!?」
 顔を赤くしたリーザはソファーの上に立ち上がり、俺に指さしながら宣言する。
「良いでしょう、私が魔女だって言う証拠を見せてやりましょうじゃないですか」
「あー、はいはい。なら見せろよ、MA・HO・U」
 面倒臭くなった俺は頬杖をつきながら嗤笑する。あからさまな挑発にリーザは更に顔を赤くした。もう、顔から湯気が立ち上って茹で蛸みたいだ。
「よく見ててくださいよ! これが私の力です!」
 リーザは目を瞑り、詠唱を始める。
「――風よ、空気よ、我に加護を与えたまえ……、『ヒュノー』!!」
 リーザの周りを旋風が纏い始める。冷房の風でこんな風が巻き起こるとは到底思えない。お、おい……、マジでこいつ、魔女だって言うのか!?
 俺は驚き目の前の現象を幻想でも見るかの如く凝視した。そう、俺は生まれて初めて――
 ――幼女の下半身を目にしたぁぁぁあ! 
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
 俺と同時に悲鳴を上げるリーザ。彼女は最大級に顔を赤くしてTシャツの裾を抑えながら内股になる。そして、
「み、みみみみみ見ましたねっ!?」
 変態を相手にするかのような表情で叫ぶ。
 ……そりゃもう、はっきりと見えた。驚くくらいツルツルだったね。
 リーザの奇禍に同情した俺は目をそらしながら黙り込む。すると、リーザの罵声は更に酷いものとなった。
「変態変態変態! どうして見るんですか!? 変態さんなんですか? ロリコンなんですか!?」
 ぶちん。頭の中で何かがキレる音がした。
俺は理不尽な罵倒をさらなる剛速球で返す。
「お前が見ろって言ったんだろ! 確かにスゴかったなぁ、お前の魔法。お前に言われたとおりしっかり見てこの目に焼き付けておいたから感謝するんだな!」
 ぐぬぬ…と、表情をしかめたリーザ。フッ、どうやら俺の反論に言い返す言葉が見つかっていないようだな。
 俺が勝ち誇った笑みを浮かべていると今日二度目の訪問者がチャイムを鳴らした。
「……? 誰だよ、今度は」
 俺はリーザとの口論を一時的に中断すると、リビングから玄関へと移動し、覗き窓から外の様子を伺う。リーザのような迷惑なガキや、リーザのような頭の悪いガキが来ないとも限らない。
 玄関に立っているのは四十代くらいの眼鏡をかけた真面目そうな男性だった。父さんの知り合いだろうか? その男性はスーツで会社員に見える。
 俺はホッと安堵のため息をつくと玄関のドアを開ける。
「どちら様ですか?」
「……少年か。この辺に魔女が逃げ込んだのだが見ていないだろうか?」
 ……やっぱり前言撤回。こいつも頭のおかしいわっ!
 これ以上トラブルを持ち込みたくない俺は、
「いや、まったく見てないっす。今後見ることも永遠に無いと思うのでお引き取り願いますか?」
 そう言うと、男は少々黙り込む。そして。
「そうか、わざわざ訪ねて済まなかった」
 いやぁ、まったくその通りだよ。本心を口にする代わりに俺は一刻も目の前の男を家から追い出そうと急かす。
「はい、ではさようなら」
 俺は玄関のドアを――
「お兄さーん、誰と話してるんですか?」
 だぁぁぁああああああ! んなぁんてタイミングで出てきやがるんだこの幼女はぁぁぁ!
 俺の心の叫びは届くことなくリーザは玄関先の男に目を大きく見開いた。
「げっ、どうしてモルフォスがこんなところにいるの!?」
「――っ! リーザ、やっと見つけたぞ!」
 モルフォスと呼ばれた男はリーザの姿に驚き、それから険しい表情で睨みつける。
 お、おいおい……。こいつら、俺んちで何する気なんだ? さっきのリーザの旋風といい、魔法じみた力のぶつかり合いとかマジで勘弁してくれよ? ここは俺んちなんだからそういうのは自分たちの家か公園でやってほしいものだ。
「モルフォス、魔人の貴方も力の弱った私の命を狙いに来たってわけ?」
「ふん、あんな低俗な人間どもと一緒にされては困るな」
 口端をつり上げたモルフォスは片手の持ったビジネスバックからあるものを取り出した。
 それは炎天下の海洋に照らされ黒々とした輝きのある一枚の布……スクール水着だった。
 この野郎、まさか……。
「俺はお前にこれを着てもらいたくてこの地まで追いかけてきたんだ」
「このロリコン野郎! 今すぐこの家から出て行け!」
 俺は即座に叫び、玄関のドアを閉めようとする。が、男は片手でドアを掴み、逆に強い力で開けやがった。そ