それは、小さな魔法。

「希(ノゾミ)さん。また失敗したわね、あなた」
「……すみません」
 西洋の厳かな雰囲気が漂う、魔法学校の実習ホール。制服である黒いローブととんがり帽子を身に付けた女生徒たちがざわついて、視線を私に向ける。周りの人々は呪文を間違えずに唱え、指揮棒のような木の杖をきちんと振り、上手に花弁を舞わせている。その中でたった一人、私だけが煤と煙に覆われていた。三つ編みにしたこげ茶の髪も、そばかすが目立つ顔も、掛けている眼鏡も、黒っぽく汚れてしまっていた。生徒たちの中からクラス委員一人が、私に向けて鋭い視線ときつい口調の言葉を投げ、ホール全体に響き渡る。
「あの子、本当に魔女なの?」
「結構有名な魔女の子孫って聞いたから、期待してたのに」
「サーカスのピエロの方が似合ってるんじゃないかしら」
 後ろで数人が、このみすぼらしい姿を嘲笑するひそひそ話をしている。一方で正面から、私を叱責する声が再び飛んでくる。
「私たちは数少ない、魔法を後世に受け継ぐことが出来る“魔女の子孫”なのよ? 魔法がおとぎ話の中のフィクションになった現在、魔女がいると証明するためにも、私たちはこうして集められているの。あなたはその自覚ややる気があるの?」
「すみません。次までには必ず、きちんと出来るように――」
「ノゾミさん、いつも『次は』って言っているけれど、それで出来た試しがないじゃない。いい加減にして頂戴」
「……」
 彼女の言う通りだ。どんくさい私が、何度も何度も、何度も真面目に魔法を練習しても、今まで一度だって成功した試しがない。冷たい視線と笑い声を背景に、私は返す言葉もなく立ちすくんだ。

 遥か昔、魔法と呼ばれる摩訶不思議な能力や、それを操る人物――魔女の存在が世界を大きく動かしてきた。科学が発展し、魔法というものが架空や都市伝説のような認識になった今でも、それを証明するために魔女の子孫が懸命に魔法を勉強している。そう、私たちが通っている国立高等魔法学校だ。
 今日実習ホールに集まっていた、私を含む生徒たちは、特に名の知れた魔女の家系出身。『優秀な魔女の血を引いているのだから、当然立派な魔法が使えるのだろう』と言われるが、中には魔女に生まれながら、魔法が全く使いこなせない者もいる。まさにそれに当てはまるのが私だ。

 ◆

「仕方ないよ、ノゾミ。誰だって得意と不得意があるんだからさ。……また派手にやったね、ローブがすっかり煤だらけだよ」
 魔法実習の終了後。ホールを出て、小さな花壇とベンチが据え付けてある中庭へ。私のローブや帽子に降りかかった汚れを払うのを、黒いショートヘアと少し日に焼けた肌が似合う女の子が手伝ってくれている。私の幼馴染、陽(ハル)は魔女仲間でもあり、幼稚園の頃から十七歳になった今でも、側にいてくれた。おかげで、私の下手な魔法に理解がある唯一の親友だ。魔法の練習が終わった後は、いつもこうして私の失敗の後片付けを手伝ってくれている。
「いつも手伝わせてごめんね、ハル」
「いいって、いいって。あたしだって、ノゾミのことを励ましたり、こうやって後片付けを手伝ったりすることぐらいしか出来ないから」
「そんな。ハルは昔から、魔法の上達が早いじゃない。全然出来ない私よりずっと優秀よ」
「そういうこと言ってるんじゃないの。実習は終わったんだから、一旦魔法のことから離れて。リラックスだよ」
 ハルに言われて渋々ベンチに腰かける。ポケットに入っていたマジック道具のスポンジのボールを取り出し、手のひらで玩ぶ(もてあそぶ)。空中でさっと振ると、一つだったボールが二つ、四つ、と増えていき、全部のボールを両手で包み込むと、最初に取りだした一つに元通り。
「ノゾミ、昔から手品はよくやってたよね」
「うん。魔法みたいに見えるけど、ちゃんと工夫された仕掛けがあって、それを一個ずつ解いていくのが面白いの。でも、『そうやって遊んでいるから、いつまで経っても魔法が上達しない』とか、よくお母さんに怒られた。そのせいもあって、余計に『魔法を使えるようにならなきゃ』って、プレッシャーに感じることもあるんだけどね」
「いいんだよ。得意なんだから胸張ったって」
「そうかな? 私なんか……魔法の練習したって、意味無いよね。ちっとも上達しないし、一人ぐらい欠けたって気づかれないよ、きっと」
「そんな暗いこと考えちゃだめだよ、ノゾミ。今までだって練習はやってきたし、その内上手く出来るようになったりするよ。継続は力なり!」
「そうだね。ありがとう、ハル」
 ネガティブな私とは対照的に、前向きな性格のハル。その太陽みたいな明るさと笑顔に、何度救われたことか。
「気晴らしに出掛けない? 美味しいパンケーキが人気のカフェがあるの。一緒に食べようよ!」
「うん、そうしよっか」

 ◆

 放課後。魔法のローブと帽子を脱いで、普通の高校生と変わりない紺のブレザーとスカートの制服姿で街を歩く。カフェに向かう道すがら、遊んでいる子供たちで賑わう大きな公園の横を通りかかった時だった。
「ねぇハル、あの子もしかして」
 片隅に寂しそうな顔をした男の子が一人。どうやらお母さんとはぐれた様子。
「何だか、困っているみたいに見えるよ?」
「広めの公園だから、迷子になっちゃったかな?」
「一緒に探してあげようよ」
「そうだね。ノゾミは、本当に優しいね」
 私とハルは男の子に近づいて、優しく声を掛けることにした。

「どうしたの、ボク? お友達やお母さんとは、一緒じゃないの?」
 二人で涙目の男の子に目線を合わせて話しかけるも、急に声を掛けられたのが怖いみたい、なかなか目を合わせてくれない。
「どうしよう、困ったなぁ」
 今にも泣きだしそうな男の子、名前も教えてくれず、このままだと会話も難しそう。他に出来ることって、無いのかな。ポケットをまさぐっていると、何かが指先に当たって
「ねぇねぇボク。ちょっといいかな?」
 私は男の子の両手をそっと取る。突然のことにきょとんとした表情が現れる。視線の先には、私の手に乗せられた小さな手のひら。その真ん中に、ポケットから取り出したスポンジボールを一つ、そっと握らせる。
「……お姉ちゃん、何してるの?」
「楽しいことだよ。ほら、せーの!」
彼の両手をもう一度開くと、ボールしかなかった手の中には、たくさんのキャンディが現れた。
「好きなの、食べていいよ」
 男の子は目を丸くしながらキャンディをまじまじと見つめ、ぱぁっと笑顔を見せた。
「お姉ちゃん、すごい! 魔法使いみたい!」
 さっきの泣き顔が嘘のように、嬉しそうにニコニコする男の子。その言葉は、私の心に温かいものを溢れさせた。
「……ありがとう! 私も、マジックを見て喜んでもらえて、嬉しいな」
 後ろから、「やるじゃん!」とハルが私を小突いた。

 ◆

 数分後、名前を呼びながらお母さんが私たちのところへ歩いてきた。男の子は元気よく駆け寄っていき、私たちのことを一生懸命話してくれた。
「ありがとう、魔法使いのお姉ちゃん!」
別れ際、何度も振り返り、小さな手を元気よく振る。その手に握られたキャンディは、私にとってはちっぽけな『趣味』だったけど、あの子にとっては立派な『魔法』だ。
「良かったじゃん、ノゾミ!」
「うん……!」
 こんな私でも人を喜ばせることが出来る――『魔法使い』と言ってくれる人がいる。それを見つけられたことがすごく嬉しかった。



〈おわり〉