クズの逃走

「ふっ!」
 鋭い呼気とともに大きな拳が飛んでくる。それを身をかがめて避け、背を向けて走り出す。
 ゴリラのような男は怒りの形相で追いかけてきながら怒鳴る。
「おい! 逃げんな!」
「いやいやいや!! 逃げるでしょ! 僕何もしてないもん!」
 ゴミ箱や配管がところ狭しと並ぶ、ビルに挟まれた裏路地を飛び跳ねながら翔ける。彼は特に何もしていないのにいきなり裏路地に連れてこられた一般のサラリーマン。ではなく、現役の警察官だ。
 その彼は仕事で培った走りを今見せている。チラチラと後ろを確認しながらなので全力疾走ほどの速度は出ていない。だが、ゴリラのような男はガタイのせいでうまく走れないのか、そんなに足が速くない。
 そんな彼も予想外だったのが、ゴリラのような男が不法投棄された埃まみれの自転車を持ち上げたことだろう。
「うぇ!? 君そんなに力あるの!! ドスの聞いた声といい、見た目といい、まるでモンスターじゃないか!」
「うるせぇっ。これでもくらえ!」
「君は絶対警官か自衛官にっいぃ! 危ないじゃないかっ、何をするんだ!」
 勧誘しようとして振り向いた瞬間、目の前に自転車が飛んできていた。見事な反射神経で屈み、彼は自転車を紙一重で避ける。大きな音と共に置いてあったからのゴミ箱が弾け飛ぶ。
 彼は目を見開いて叫ぶ。
「君はすごい怪力だね! さて、じゃあね!」
 仕事で教え込まれたパルクールを使い壁の配管伝いに軽々と登っていく。
 ゴリラのような男が呆れ果てた表情と、怒りの表情を混ぜたような表情で仰ぎ見る。5メートルほどは登った彼を見てゴリラのような男は感心してしまいながら、叫ぶ。
「おい! 待て! テメェ! 俺の財布返せ!!」
「ははは! 財布”だけ”は返してあげるよ!」
 ゴリラに向けて放った財布。中身は当然空。ゴリラの所持品に”薬”があたことは確認済みで、警察に駆け込む心配もない。彼は高笑いとともに、昼下がりの明るい空の下。ビルの屋上に躍り出た。
「よっし、このお金を使ってパチンコでも打とっかな!」
 クズである。自覚込みなのでなおのことたちが悪い。
 そんな彼の正面。反対側のビルにサラリーマンがいるのが見えた。
「あっ!
「ああ!! テメェはこのあいだの財布泥棒!!」
「ははは!! 君の財布は今は寒いだろうから勘弁してあげるよ!」
 そういって走り出す彼。彼をパルクールを使って追いかけるサラリーマン。現役警官に追いつけるサラリーマンも正直異常だが、彼は配管を伝って素早く降りていく。サラリーマンは、なぜそんなに動けるのかというほど軽やかなパルクールを使い、10メートルほどの高さから飛び降りる。
「ふふふ、相変わらず気持ち悪いほど華麗だね! それじゃ、僕はこの辺で失礼するよ」
「あ、おい!」
「バイバイ!」
 手を振って彼は車道に停めてあった軽自動車の助手席に素早く乗り込む。
「それじゃ、よろしくね」
「ええ、お金はもらうわよ」
 運転席に乗った美女に一言声を欠けると、軽自動車ではありえないエンジン音を響かせて急発進して、街に消えていった。