桜の廟


 その森の木は、ほとんどが桜の木だった。春の日和などには、見事な桜を満喫できる。その森の奥には、まるで桜に守られるように小さな霊園があった。
 ある宵に、青年がその森の中を歩いていた。今夜は満月、その月光だけで十分な明るさになる。ライトなどは持たずとも、青年の足取りは確かなものだ。その足は、霊園へと向かっている。彼の名は利(り)桜(おう)という。こんな時間に霊園へと向かうのには、理由があった。
「今年も桜、咲いたよ。今、丁度満開」
 一つの墓石に話掛ける。それは、利桜の幼馴染の墓だ。彼女は数年前、高校生の頃に亡くなった。
 彼女は、舞(ま)桜(お)といった。その華憐な名に合わず、無愛想で小賢しい性格だったが、利桜とはよく遊んでいた。単に家が近所で、同じゲームをしていたからだが、幼い二人が仲良くなるには十分な理由だ。
 人見知りする利桜と、他人に興味のない舞桜は、いつも一緒にいた。友人が作れなかったのと、見知った仲で居心地がよかったから。さすがに進学先の高校は違ったのだが、二軒隣なだけだし、関係は変わらないと思っていた。
 その矢先だ。舞桜が行方不明になったのは。それを聞いた時の記憶が曖昧なのは、あまりにショックだったからだろう。
 その事件は、一年以上も解決されないままだった。事態が明るみに出たのは、利桜が高校を卒業する時期のこと。住んでいる地域で、桜が満開になる季節だ。
 舞桜は、殺されていた。しかも実の父親に。そして、まさに『桜の木の下には死体が埋まっている』だ。舞桜の父親は、この森の桜の木の下に、彼女の亡骸を埋めていた。事件が発覚し、死体が発見された頃には、木の根が絡みついていたそうだ。それほど、深く埋められ、長い時間そこにあったということだ。
 当時の騒ぎや新聞記事を思い出し、心が痛む。今でも、舞桜が亡くなったというのを信じたくない。その面持ちのまま、線香に火を付ける。こんな辛気臭い顔で、手を合わせられてもうれしくないと思うが、どうか勘弁してほしい。
 利桜は、毎年命日に必ず墓参りに訪れる。しかも真夜中の午前二時に。舞桜の遺体が発見されたのが午前二時だったからだ。彼女が久々に地上に出た瞬間に来ているのだ。
「お前、死んでからずっと桜に囲まれてるね。舞桜」
 桜の木の間に、線香の香りが漂う。利桜は、静かに手を合わせた。舞桜の命日は、必ず桜が舞うのだ。開花時期と被っただけだが、まるで彼女を悼んでいるように思えてならない。桜吹雪で、夜の闇が薄ぼんやりと桜色に染まる夜だった。