追いかける


炎天下の中、私は少女を追いかけていた。
数分前、会社の面接を終えた私は昼食をとろうとめぼしい店を探していた。しかし、周囲の店に目が行っていた私は目の前に迫っていた少女の存在に気が付かなかった。
かわいらしい顔立ちの少女。一見してワンピースのように見えた青い服にはフリルなどの装飾が一切なく、まるで患者服のような印象でなんだか変な感じだった。しかし、何より違和感があったのは、彼女が抱えていたジュラルミンケースだった。ぶつかった拍子にぶちまけた中身はアンプルのようなものが入っていた。
急いだ様子でアンプルをケースにまとめた少女は私を見るなりおびえたような感じで一目散に雑踏の中を走って行ってしまった。
おびえるのも当然か。患者服の少女というのも街中にはふさわしくはないだろうが、私の格好もまた炎天下の中歩き回るにはふさわしくない黒スーツ姿だった。しかも180センチ越えの強面の男とぶつかったらそれはビビるだろう。
昔から顔が怖いだのデカくて怖いだのと言われた私はとりわけ人相が悪いらしく、街中で子供に泣かれるのも職務質問を受けるのも日常茶飯事だった。
少女におびえられ少し傷ついたが、気を取り直して飯屋を探すとしよう。
そう考えたとき、少女が拾い忘れたと思われるアンプルが目に入った。それを拾い上げ数秒迷った挙句、見て見ぬふりはできないと考え、少女もそう遠くまで入っておらず、視界でとらえられたので追いかけることにしたわけだ。
歩道は人が大勢いたが私の周囲には人が寄り付かず追いかけやすそうだった、というのも理由だ。少女も荷物を持って走り回るのは大変そうで逃げ足はそこまで早くはなかった。
さながらモーセの海割りのように人を分けて進むと、少女との距離はすぐに縮まった。
もう少しで少女の背中を捉えられるといったところで少女が急に方向転換する。丁度差し掛かった歩道橋に駆け上がったのだ。
 やれやれと思いつつ歩道橋に上がると、少女は黒服サングラスの男と対峙していた。
おいおい、なんだか物々しい雰囲気だぞ。黒服野郎は今にも少女に飛びかかろうとしている。対する少女は私を見て涙目になっているし、もう万事休すといったような感じなんだろうか。私は落し物を届けに来ただけなんだが。
 いろいろと考えを巡らせていると、少女を挟んで黒服の男が話しかけてきた。
「同時に取り押さえるぞ!」
 なんだか仲間だと思われてるし。こんな物騒な見た目の知り合いはいないんだが。
 頭の中がグルグルしている私をよそに、黒服は少女に襲い掛かった。
 私の体はとっさに動き、少女と黒服の間に割って入り、男の腕を取った。
「ふんっ!」
 気合とともにつかんだ腕をひねり上げると、男の体は宙を一回転し地面にたたきつけられた。男は気絶したようだった。
こう見えても私は武道の心得がある。今、男を投げ飛ばしたのは合気道の技の一つ。小さいころから親に様々な武道をやらされてきた私に死角はないのだ。
ふう、と一息ついて少女を見ると、相当怖かったようで、地面にへたり込んでいた。
私は少女に手を差し伸べつつ、怖がられないように精一杯の優しい笑顔で話しかける。
「大丈夫かい?」
少女は恐る恐る私の手を取る。力を入れれば壊れてしまいそうな小さな手だ。自然と高級品を扱うような手つきになってしまう。
立ち上がった少女は私を見てやっぱりおびえるような顔をするが、絞り出したような声でこう言った。
「あ……ありがとうございます……」
 少女に感謝されるという初めての体験に照れ臭くなってしまった。
「なんで助けてくれたんですか……? あなたも追手なんじゃ……?」
 どうやらこの子にも悪の手先として認識されていたようだ。私はスーツのポケットから彼女の落し物を取り出して差し出す。
「私は落し物を届けに来ただけさ」
 少女はびっくりした様子だ。ケースを地面において中身を確かめてみると、四本のアンプルが入っており、くぼみが一つ空いていた。そこに渡したアンプルをはめ込むと、少女は胸をなでおろした。
「本当にありがとうございます……なんてお礼を言ったらいいか」
 本当に感謝されているみたいだ。何とも言えず苦笑を浮かべつつ頬を人差し指で掻く。
 どういたしまして、と言いかけたところで少女のおなかがきゅるると鳴った。少女は恥ずかしそうにおなかをおさえる。
「おなかが減っているのかい?」
 そう聞くと、少女は頬を赤くしてこくんと頷いた。空腹の女の子を放ってはおけないな。
「私も腹ペコでね。よかったら一緒にどうかな?」
 少女は表情を明るくし、ぺこりと頭を下げた。
 これが、不思議な少女との出会いだった。