メメント・モリ&カルペ・ディエム

~あるWEBニュースの記事~
『十二月二日の夕方ごろ、××駅のトイレで若い女性の遺体が発見された。所持品から、女性の身元は市内の高校に通う園田恵さん(十七)であることが判明した。
 市内では女子高校生が殺害される事件が相次いで発生しており、警察は同一犯による犯行とみて捜査を進めている』
   ***
『ただいま電話に出ることができません。ご用の方は、発信音の後にお名前とご用件をお願い致します』
 よく聞いて、エリナ。いろいろあって、私はしばらく帰れなくなるわ。安心して。絶対に帰ってくるから。お土産もちゃんと買ってくるわ。
 あなたを生んだのは、十九の時だった。お父さんとは所謂できちゃった結婚で、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんはものすごく反対したわ。
 当然よね。お祖母ちゃんはできちゃった婚で失敗してバツイチだったし、お祖父ちゃんもそれを知ってたから。育てていける保障なんて、どこにもなかったし、世間体だって良くないもの。
 でも、私は諦めなかった。諦めたくなかったの。たとえ勘当されたとしても、私はあなたを幸せにしたかった。もちろん、それはお父さんも同じだった。私たちの覚悟が伝わったんでしょうね。お祖父ちゃんたちは結婚を認めてくれた。
 お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、あなたにはとても優しいでしょう。何やかんや言ったって、孫ができたことは嬉しかったのね。
 あなたも相当なお祖母ちゃん子に育っちゃって。少し寂しかったけど、嬉しそうなあなたの顔を見るのはすごく幸せだった。
 どうにか幼稚園に入れることもできたし、あなたがいじめられたりしないか心配だったけど、ママ友は皆理解のある人たちだったわ。
 特に北島さんと想子ちゃん。北島さんは私と同じ身の上だったから、色々と良くしてくれたわ。想子ちゃんも、礼儀正しくてすごく優しい子ね。ああいう友達は大事にしなくちゃダメよ。
 あなたを養うために、私もお父さんも必死に働いたわ。昔買ってあげたゴマフアザラシのぬいぐるみ、今も大事にしてくれてるでしょ? 嬉しいわ。
 なかなか構ってあげられなくて、寂しい思いをさせちゃったわね。私もお父さんも、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 私は高校を卒業してたとはいえ、大学は一年で中退。資格も持ってなかったから、私はまともに就職できずバイトを転々としていたわ。
 お父さんが工業出身だったのが、せめてもの救いね。電力会社に就職して、私たちの生活を支えてくれた。
 お父さん、いつも張り切ってたそうよ。上司の嫌味も気にせず、あなたのために頑張ってたって、会社の方は言ってたわ。
 それが祟って、お父さんは五年前に亡くなった。あなたは自分を責めてたわね。自分のために休みなく働いていたから、お父さんは死んだんだって。
 でもね、エリナ。あなたが自分を責める必要なんかないのよ。あなたは何も悪くないんだから。
 お父さんもエリナを責めてなんかいないわ。むしろ、毎年お墓参りに来てくれて喜んでるはずよ。
 お父さんの保険金であなたを高校に入れることはできたけど、それからが大変だった。私ができた仕事は水商売くらいしかなかった。でも、そのせいで、あなたはいじめられるようになってしまった。
 でも、あなたは負けなかった。それに、想子ちゃんはいつもあなたの味方でいてくれたわね。本当は、私があなたを助けなくちゃいけなかったのに。
 私は、あなたの強さに甘えていたわ。母親失格ね。
 あなたはこれから、私のせいで辛い思いをするでしょう。でも、私にできることはこれくらいしかなかった。
 私のことは、許してくれなくていい。いくら恨んでも構わないわ。それだけのことを、わたしはしてしまったのだから。
 困ったことがあったら、お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、あと北島さんを頼りなさい。あの人たちは、喜んであなたを助けてくれるはずよ。
 人と繋がることを恐れないで。あなたのことを理解して、助けてくれる人たちが絶対にいるから。
 何人かの連絡先が、そのうちあなたのところに届くはずよ。何かあったら頼ってみるといいわ。その人たちは、本当に信じられる人たちだから。
 進路はもう決まったのかしら? 大学に進学する? それとも就職?
 国公立の方が安上がりだけど、そんなことは気にしなくていいわ。学歴なんてただの飾りに過ぎないもの。
 あなたが進みたい道に進みなさい。どんな道に進んでも、私はあなたを応援するわ。お祖父ちゃんたちもきっと応援してくれる。
 あなたは本が好きだったわね。すごく良いことよ。たくさん読みなさい。それがあなたを支えてくれるから。どれだけお金をかけても構わないわ。
 自分がどうあるべきなのか、必死に考えなさい。そして、その答えはエリナ自身が決めなさい。
 模範解答なんて、誰も持っていないんだから。自分の価値も、生きる意味も、正しさも、決めるのは自分自身よ。
 誰かを傷つけてもいいわ。だけど、誰かを傷つけるなら、面と向かってぶつかりなさい。相手に見えないところで何をしたって、ただ虚しいだけよ。それに、ぶつかり合って分かり合える人もいるはずだから。
 あなたの進みたい方へ進み続けていれば、それでいいのよ。立ち止まることがあってもいい。進む意志さえ忘れなければ、絶対に幸せになれるから。
 生きているうちなら、どれだけ後悔しても、どれだけ間違ってもいいわ。
 泣いてもいいのよ。強くなる必要なんかない。
 恥を曝すことを恐れちゃいけないわ。小さなプライドやつまらない見栄は捨てなさい。そして、大切なものを、絶対に、何としてでも守り抜くの。
 時間は有限よ。私もあなたも、いつか死ぬ。その時に後悔しないようにしなさい。
 あぁ、そろそろ充電がなくなっちゃうわ。十%を切っちゃった。残念ね。伝えたいことは、まだたくさんあるのに。
 寒くなってきたから、風邪をひかないように気をつけなさい。ちゃんと栄養のある物を食べて、暖かい格好で寝るのよ。
 エリナは好き嫌いが多いから、心配だわ。トマトとしいたけ、ちゃんと食べるのよ? 栄養満点なんだから。
 昔教えた餃子の作り方、覚えてる? ちゃんと冷凍して保存するのよ。でないと、味が落ちちゃうから。
 大好きだったわよね、あなた。お昼に何食べたいか聞いたら、いつも餃子って言ってたもの。
 たまには夜更かしもいいけど、睡眠時間はしっかり取らなきゃダメよ。それから、寝る前にはちゃんと歯を磨いて、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに「お休み」を言いなさい。
 勉強熱心なのはいいけど、ちゃんと息抜きもすること。あなたは少し真面目過ぎるところがあるから。適度に休まないと逆効果よ。
 体を壊さないように気をつけて。何をするにも健康は基本だもの。
 それと、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも伝えておいてちょうだい。もう年なんだから、無理はしないようにって。
 あと、これは私のワガママだけれど、聞いてくれたら嬉しいわ。
 ――――幸せになって、エリナ。
 私みたいになっちゃダメよ。ごめんなさい、こんなお母さんで。
 それから――――。
 あぁ、もうダメみたい。これが、最後ね――――。
 私は、あなたの母親になれて――――すごく、幸せだったわ。
 エリナ――――。
 ――――生まれてきてくれて、ありがとう。
   ***
 けたたましく響くサイレンと共に、赤い光が近づいてくる。疲労でボロボロになった体を引き摺って、私はその光源へと足を進めた。完全にバッテリーが切れたスマホが、右手から滑り落ちる。
「さようなら、エリナ。
       ――――愛してる」