夏の誓いは永久に

 夏の暑さというものは、何故こうも俺たちを苦しめるのか。こんな日はエアコンが効いた部屋で引きこもっていたいが、今は父の実家に来ているのでそうともいかない。
 父の実家は築五十年を超える瓦屋根の木造住宅である。エアコンはあるにはあるが、大きい茶の間に一台しかないためあまり効きがよくない。扇風機もあるが、正直これも効果が薄い。
「あぢぃいい」
 俺は扇風機の前に顔を近づけて言う。
「しょうがないでしょ? 我慢しなさい」
 母がうちわを仰ぎながら言う。
「いつ帰るの?」
「明日」
「冗談キツイって」
「そ、外にでも出たら? 気分転換になるかもよ?」
「なるわけないだろ。死ぬわ」
「でも、せっかく自然のあるところに来たんだから、良いんじゃない」
「夜になったら行くよ」
「気をつけるのよ。明かりもあんまりないし」
「分かってるよ」
 そう言って俺は茶の間を出て寝室に籠った。
 数時間が経ち、夜になった。夜になってもまだ蒸し暑いが、昼よりはマシだった。
「さてと、行くか」
 俺は玄関を出て歩き出す。虫の鳴き声が響いてうるさい。街灯もほとんどなく、俺が住んでいる都会とはまるで大違いだ。
 周りには田んぼしかないので、田んぼに沿って歩く。しばらく歩いていると、一人の小学生ぐらいの少女が見える。
「あれ? こんな時間に何やってんだ?」
 俺はスマホの時間を確認する。時刻は完全に二十二時を過ぎている。田舎とはいえさすがに一人では危ない。
「ねぇ、こんなとこでどうしたの?」
 俺は少女に声をかける。
「……」
 少女は声を発しない。
「お家の人は?」
「……」
「何か、お兄さんに話してくれないかな?」
「……」
 何度声をかけても少女は言葉を発さない。
 すると、少女は突然走りだす。
「お、おい待てよ!」
 俺もすぐに追いかけるが、高校生の俺でも追い付けない速さで少女は走る。サンダルで走っているとしても小学生に追い付けない程足の遅さではなかった。
 どのぐらい走ったか分からなかったが、少女はお寺に入っていった。俺は息を切らしながらお寺に入ろうとしたが、このお寺に見覚えがあった。思い出そうとするが、少女のことが気になりお寺に入る。
 辛うじて少女を見失っていなかったので、俺は少女を追いかける。何度か角を曲がったところで少女は止まった。そこには一つのお墓があった。墓石には『古川家之墓』と書かれており、そこで俺の記憶が蘇る。
「お前、もしかして……梓か?」
 と、幼い頃ここで出会った人の名前を呼ぶ。
「覚えてて、くれたんだね。翔太」
 梓と呼ばれた少女は俺の名前を呼ぶ。
「なんで、ここにいるんだよ……だってお前は……!」
「会いたくなっちゃった。だって、翔太、最近来てくれなかったから……」
 梓は翔太の言葉を遮って言った。そして、梓は続ける。
「だって、今はお盆だよ? だから、少しの間だけこうしていられるの」
「梓……」
「ねぇ、翔太。覚えてるかな。私たちが小さい頃に約束したこと」
「忘れてる……わけないだろ」
「よかった。じゃ、行こうよ。あそこに」
 そう言って、梓は翔太の左手を握る。翔太の左手には人間特有の温かさはなかったが、確かに感触はあった。
 お寺の裏に広がる森を抜けると少し開けた場所に出る。二人は、そこに寝転がる。
「懐かしいな。こうして地面に寝るの」
 翔太は空を見上げながら言う。
「そうだね」
「星、綺麗だな」
「うん」
「お墓参りとか行けなくて悪かったな。部活とかで忙しかったから」
「別に良いよ。翔太が生きてくれてば私はそれで嬉しいよ」
 一息ついてから梓が続ける。
「ねぇ、翔太は彼女とか出来たの?」
「いいや。出来てないよ。恋したい気分じゃないんだ」
「翔太、顔とか別に悪いわけじゃないのに」
「顔がよくても中身がな。しょうがないだろ」
「ちゃんと彼女ぐらい作りなさいよ」
「うるさいな。そんなこと言う為にわざわざ来たのか?」
「そんな訳ないでしょ」
「じゃあ良いじゃんかよ」
「……はぁ、まあいいわよ。でも聞かせてほしいな。翔太のこと」
「えぇ……」
「えぇ、じゃないわよ」
「……わかったよ」
 翔太は梓に最近あったことを話す。
「あはは、何そいつ」
「面白いだろ? 俺の友達って変な奴ばっかなんだよ」
「あっ、流れ星」
 と、梓が空を指さす。
 翔太が空を見ると、流れ星はなく、ただ綺麗な星空があるだけだった。
「嘘つくなよな」
「嘘じゃないもん」
 梓は頬を膨らませる。
「ほら! また!」
 今度はすぐに空を見る。すると、たくさんの流れ星が星空を埋め尽くしていた。
「すげぇ……」
「すごいね」
 こんな言葉しか出ないぐらい圧巻な流れ星だった。都会の空では到底見ることが出来なぎぐらい綺麗だった。
 それから数分の間、ずっと空を眺めていた。周りを見ると、太陽が昇り始めていた。
「もう朝か」
「……」
「どうした?」
「そろそろ、お別れだなって」
「そうだな。もうすぐ帰らなきゃ」
「ねぇ、私のことずっと覚えててくれる?」
「当たり前だろ」
「……そっか」
 そう言うと、梓は翔太にしゃがむよう手を動かす。
「ん? どうした……」
 梓は翔太の唇に自分の唇を重ねた。
「お前……」
「えへへ。キス、しちゃった」
 梓は頬を赤らめながら言った。翔太も頬触り、熱くなっていることを実感する。
「大好きだよ、翔太。また来年も会おうね」
「俺も、お前のことが大好きだよ」
「最後ぐらい名前で呼んでよ」
「……梓、愛してる」
「……ありがと」
 森を抜け、家に戻ろうと二人は歩き出す。手を繋ぎ、歩く。そして、家に着く。
「じゃあな。元気で」
 そう言って、翔太は歩き出すが、
「ちょっと待って」
 梓が止める。
「なんだよ」
「ちゃんと、彼女作ってね」
「……そんなこと言うのにここまで着いてきたのかよ!」
『あははは!』
 二人は笑う。
 そして、翔太は家の中に入っていく。そして、梓は朝日が昇ると同時に消える。
 昼になり、翔太たちは帰る準備をして車に乗り込む。祖父母にあいさつをし、車が発進する。ふと後ろを見ると、梓らしき人影が見えた気がした。
「じゃあな。梓」
 と、翔太は言う。
「ん? どうしたの? 翔太」
 ははが聞いてくるが、
「ううん。なんでもない」
 翔太は返す。
 そして、俺の不思議な夏は終わった。