ひまわり畑と僕と向日葵

初めての出会いは夏のひまわり畑の中だった。黄色い花を咲かせたひまわりたちは、届かないというのに精一杯手を伸ばす。
僕はひまわりが好きだった。届かないと思う存在を無邪気に追いかける姿に共感できた。
夏休みには毎年祖父の元を訪れる。東北の田舎の名前も知らない街。興味はない。ただ、墓参りと顔合わせのために親族が集まる。
名前もよく知らない従兄弟とは正直あまり話さない。興味はない。ただ、親同士が仲がいいというだけ。
ひいばあちゃんもひいじいちゃんももうすぐ九〇歳を迎える。お年玉をくれるけど、多分二人は曽孫に興味はない。
毎年憂鬱に感じる二週間。田舎には遊ぶような場所もなく、夏休みの宿題を片付けることで時間を潰す。だからだろう。よく聞く、夏休みの最終日にまとめて宿題をやったり、友達に宿題を写させてもらったりということを経験したことがない。
「君の名前は?」
「谷地京介」
「京ちゃんね!」
そんな僕にも楽しみができた年があった。小学五年生になった僕はお爺ちゃんの持っているひまわり畑を訪れるのが日課になっていた。
自分よりも背の高いひまわりの間を、冒険でもするような気分で探索するのが好きだった。
そのひまわり畑の中で、僕は一人の女の子に出会った。女の子の名前は向日葵。「ひまわり」と書いて「むこうあおい」と読むらしい。ひまわり畑でであった向日葵に僕は恋をした。
一目惚れというのを生まれて初めて体験した。同じ小学校の女の子たちに興味はない。ただ、この少女は何か違った。
たぶん運命的な出会いに、当時の僕はときめいてしまったんだろう。シチュエーションにときめいたのであって、向日葵に恋をしたのではないのだろう。それでも、僕は向日葵に恋をした。
それからは毎年の夏休みが楽しみになった。帰省している間は毎日一緒に遊んだ。毎年最後の日に来年の約束をした。
ひいじいちゃんの家の近所の子供だと思っていたが、実は東京の方から僕と同じく帰省で来ていると知った。中学高校と成長しても、僕たちはひまわり畑で遊んだ。
高校生になった時、僕は意を決して東京に遊びに行った。貯め続けたお年玉を使って夜行列車で。
向日葵には会えなかった。それもそうだ。連絡もなしに大都会で見つけられるわけがない。
その次の年、向日葵はひまわり畑で言った。
「この前東京にいた?」
「僕を見たの!?」
「似てる人を見かけたの。でも東京に住んでないから別人かと思って」
「そうだったんだ」
僕は少し悲しく、でも嬉しくもあった。
碌な連絡手段もなく、東京は遠く頻繁に会えるわけでもない。それに僕たちはまだ学生だった。僕は決心がつかなかった。でも、
「来年からは、もう来れないかも」
「どうして?」
「私、仕事を始めるから」
「そっか」
高校を卒業したら社会人になる。それは僕もだった。その言葉を聞いた時、僕はやっと覚悟を決められた。
「僕と結婚してほしい」
「私でいいの?」
「君がいい。初めて会った時からずっと、君が好きだった」
僕は向日葵の目から視線を離さない。この目は決して離してはいけないと思った。
「やっと言ってくれたね。もし、何も言われなかったら諦めようと思ってたの。君が告白してくれるのを、振られるのが怖くて君から言われるのを待ってたの。ごめんね」
「ううん。僕も今まで怖かった。ここで会えるのが当たり前だと思ってたから」
僕たちは手を繋いだ。これが向日葵との出会い。でも、僕たちの物語はこの時始まっただけ。まだ終わっていない。プロローグの終わりはまだ先のこと。

僕だけは知っている。僕だけは知っている。向日葵との出会いが初めてではないということを。
一番最初は零戦が空を飛ぶはるか昔だった。それから僕は生まれ変わり、そしていつも向日葵に恋をする。向日葵を探して恋をする。
いつの時代も向日葵は僕に笑いかけ、そして愛してくれた。向日葵を守ると、たとえ生まれ変わっても君を見つけ出すと約束をした。
僕の思いはいつの時も向日葵のものだった。向日葵を見つけて、恋をして。
学校帰り、陸橋の下で食べたアイスの味、白い雲を見てははしゃぎ、祭りで君の姿に見惚れたこと。何千年経っても変わらない僕の思いは、僕だけが知っている。信じてほしいと思っても、言い出すことはできない。君の瞳に僕が映るだけで僕は幸せだから。
君が忘れてしまうのは少し寂しいけれど、僕は覚えているから、また君に会えると知っているから、それだけで頑張れる。
だから僕は今日も行くよ。僕たちが初めて出会ったひまわり畑に。
君はそこにいないかもしれないけど、僕にとっては思い出の場所だから。
「京介さん。今日も墓参りですか?」
「ええ。知り合いが眠っているんです」
「恋人でしたっけ」
「ええ。今の妻には内緒ですけどね」
「はは。じゃあ私は見なかったことにして行きますよ」
「ありがとうございます」
住職は笑いながら去っていく。かなり古びた墓の中には、昔の僕と向日葵の骨が埋まっている。
血の繋がりのない赤の他人だけど、僕にとっては忘れられない愛する向日葵だから。
「また来るね」
合わせた掌を握り、僕は立ち上がった。
空の上には決して手の届かない太陽がいる。僕はそっと、手を伸ばした。