小さな法と大きな法

「あー、もう暇! 平和すぎて暇だー!」
 草原に寝転がり、アズサは大声で愚痴を吐き出す。隣には、幼なじみであり親友のケントが座って、小説を読んでいた。平日の午前十時だというのに、二人は学校から遠く離れた河川敷にいる。制服は着ているものの、今日は朝から学校に行っていないのだ。
「最近本当に何も無いから、思い切って学校さぼってみたけど……正直、こっちの方が何も無かったねぇ」
「そうだね」
「てか、ケントはこんなとこに来ちゃって良かったの? 落ちこぼれのアタシはともかく、キミはクラスの秀才君でしょ。そんなケントが学校さぼったって知られたら、大事件になるよ」
「まあ、授業は後でクラスの奴にノート見せてもらえば何とかなるし、アズサの行動に興味があったから」
「持ち前の好奇心ってやつかぁ。でも、好奇心は猫をも潰すっていうじゃん?」
「猫をも『殺す』ね。それと、好奇心で言えばアズサの方が強いと思うけど。あと行動力も」
 無断欠席に対する危機感が全く感じ取れない会話をしていると、アズサの視界に空と雲以外の物が映った。二つの黒い点だ。
「? 何だろ、あれ……」
 体を起こし、目を凝らすと、点のように見えたそれがだんだん大きくなっているように感じた。気のせいか、と考える間もなく、点に見えたはずのそれは次第にある形になってこちらへ迫ってきていた。
「……って、ヤバいヤバい! これアタシらの頭上に落ちるパターンじゃん⁉」
「え、何が……」
 活字に夢中だったケントは、まだこの事態に気付いていない。アズサは急いで飛び上がり、ケントの腕を掴んでそのまま走り出す。無理矢理に立たされる形になったケントも、彼女の様子にただ事ではないと察知し駆けだした。
 その二人の背後で、何かが大きな音を立てて地面に突き刺さった。凄まじい衝撃と共に、辺りには砂煙が舞い、余韻を残して徐々に静寂が戻って来る。
「び、びっくりした……。何なの、いったい……」
「いてて……。アズサ、大丈夫?」
「うん、アタシはへーき。ケントは?」
「俺も大丈夫。……なあ、あれ……」
 ケントが指差した方を見ると、先ほどまで自分たちがいた場所に、形の異なる二本の剣が刺さっていた。一つは幅広い刀身を持つ両刃の紅い剣、もう一つは蒼く細身の、俗に言う日本刀のような剣。二人が恐る恐る近寄ると、その輝きが二つの剣の真贋をハッキリとさせた。
「……これ、レプリカとか偽物ではなさそうだね」
 驚き半分、わくわく半分で呟いたアズサに、ケントも頷き同意を示す。
「てかこれ、アズサが気付かなかったら俺ら死んでたじゃん……。ありがと……」
「どーいたしまして! それよりさ」
「命の危機だったことを『それよりさ』で片づけられるメンタル、凄いな……」
 若干青い顔でツッコミを入れるケントに構わず、アズサは紅い大剣の方に手をかけた。
「……アズサ、何するつもり?」
「え? この剣抜いてみるだけだよ」
「いやいやいやいや、やめときなよ。絶対ろくな事にならないって」
「何言ってるの、ケント! 退屈な毎日にやっと訪れてくれた非日常だよ? こんなチャンス、逃すわけにはいかない……わっ!」
 それなりの重さがあるだろうと覚悟し、思い切り引っ張った剣は、アズサの予想に反してすんなりと抜けた。そのはずみで後ろに倒れそうになったアズサだったが、ケントが咄嗟に支えてくれたので、事なきを得た。
「ほえー、めっちゃあっさり抜けた……。しかも、見た目と違って結構軽い!」
「そうなの?」
「ほらほら、ケントもこっちの蒼い方持ってみなよ!」
 アズサに促され、ケントは渋々日本刀の柄を握り、引き上げる。かなり深く突き刺さっているように見えたそれは、いとも簡単に地面から離れた。
「おお、ホントだ」
「ね? あはは、凄いなぁ。学校さぼったら、アタシら剣士になれちゃったよ!」
「戦う相手もいないのに、意味あるのかな、これ。その前に、こんなの持ってるのばれたら確実に捕まるよ」
「へ、何で?」
「銃刀法違反」
「うわー! そうだった、大変だぁ!」
 未知との遭遇より現実の法に恐れを抱いたアズサに、ケントは苦笑交じりにため息をついた。