白肌に刻まれた傷痕

アルシア=ライオニクスは医療棟の一室を訪れた。ここまで走って来たらしく、空色の長い髪は乱れ、顔は紅潮しており、息使いが荒い。
 彼女は今、とてつもない焦燥感に襲われていた。無理もない。自分の想い人が重傷を負ったとあっては。
「アレス……!」
 殺風景な部屋に置かれたベッドに横たわる、白肌の少年の名を呼んだ。
「ん……? よおアルシア。見舞いに来てくれたのか? 」
 アレス=ヴェルは少女の声を聞くなり、ベッドから起き上がって快活な笑みを浮かべる。口をきけるあたり大事には至らなかったようだとアルシアは安堵した―――が、彼の姿を見た時には絶句した。
 左右で異なる色の瞳が特徴的で少しばかり幼さの残る白い顔が、赤黒い染みのある包帯やガーゼに覆われていた。着ている服の隙間からも同じような手当の跡が顔を覗かせる。見る者に痛々しさのみを感じさせるその姿は、少女から言葉を奪うには充分すぎた。
 それにも関わらず怪我を負った当人は、さも何でもないかのようにいつもの軽口を叩く。
「見舞い品は何だ? パンツ見せてくれるのか?」
「あ、貴方ねえ! わたくしがどれだけ心配したと思って……!」
 アルシアは思わず、知人が聞いたらギョッとするような声をあげた。普段の彼女はあまりそういうことをしないタイプだが、この時ばかりは怒りの感情を沸騰させていた。一歩間違えていれば、傷の無い右頬をぶん殴っていたかもしれない。
「そう怒るなよ。オマエは笑ってる方が可愛い」
「怒らせてるのは貴方ですわ! 大体、どうしてこんな怪我を負ったんですの!」
「んーと、美少女が魔物に襲われたのを庇った。それだけだ」
「その子は無事なんですのね?」
「当たり前だろ。彼女には指一本触れさせなかったし、ヤツは一分足らずで片づけた」
 右手の人差し指を立てて自慢げに笑うアレスに対し、アルシアは複雑な表情だ。彼の性格上仕方ないとはいえ、やはり想い人が他の女の子の為に無茶をするのは面白くないのだろう。
「よく笑っていられますわね、そんな傷だらけになって……」
「これはオレが美少女を守ってやれた証、言わば名誉ある負傷だ。だから悪いモンじゃない。心配かけて悪かったとは思うが、オレの身体のことは知ってるだろ? こんなのすぐ治る」
「っ……そういう問題じゃないわ!」
 アレスの表情から笑みが消えた。少女の目から涙が溢れていたからだ。こういう時、彼女の口調は変わる。いや、素のものになるというべきか。
「確かに知ってるわよ。貴方の身体のことも強さも信念も……でも、だからってこんな、自分を顧みないような真似をしないで! もし万が一のことがあったら……」
 少女は言葉を詰まらせた。
「美少女を守って死ねるんなら本望だな」
「バカ!」
 アルシアは白肌の少年に抱きついた。零れ落ちた涙の雫が肩の辺りを濡らす。アレスはこの時、彼にしては珍しく動揺した。
「オマエ、いきなりどうした。役得だけどさ」
「どうして、どうして分からないの! 貴方が傷ついたら悲しむ人がいるってことが‼ どうしようもなく女の子が好きなくせに、何でそこが分からないの!」
 アレスは「悪い」とだけ言い、アルシアの後頭部に手を回して撫でる。
二人きりの部屋に、少女の泣き声が響き渡った。

 やがてアルシアは泣き止んだが、彼の身体を離しはしなかった。それどころか、より強く抱きしめる。
「ちょっ、アルシア力入れすぎ。傷に障るだろが」
「もう暫くここのままですわ。わたくしを泣かせた罰です」
「どう考えても罰になってねぇと思うんだよなー……」
 アレスは少女の温もりを肌に感じながら、そう呟いた。