愛すべき親友、瀬石弥生へ

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 愛すべき親友、瀬石弥生へ
あなたがこれを読んでいる時、私はもうこの世にはいないでしょう。仮にいたとしても、社会的には死んだも同然だと思います。
 私は、恐ろしい生物を生み出してしまいました。いいえ、あれは生物と呼べるのかどうかもわかりません。なぜなら、あれは既に死んだものにもう一度魂を吹き込んだだけの、人形のようなものですから。
 あれは、蛋白質を始めとする栄養素の摂取を必要としていません。人間や他の動物を捕食しますが、生命維持には必要のない行為です。彼らが持つ生への羨望と憎悪による本能的な行動に過ぎないのです。
 死者に魂を吹き込む技術を開発してしまった時、私はそれを封印することを決意しました。私たちの技術では、あれと人間の共存は不可能だと判断したのです。一切の資料は焼却し、生み出した被験体もすべて処理しました。
 しかし、開発の全貌を知るもう一人の研究者が、あれを世に解き放ってしまいました。彼はあれと人間の共存を妄信していたのです。
 結果として、この国は壊滅状態に陥ってしまいました。その被害は隣国にまで及び、多数の犠牲者が今もなお出ているかもしれません。
 私は彼を止めようとしました。しかし、彼の暴走は収まりませんでした。あれの中に、人間との共存が可能な個体がごく少数存在したのです。その存在によって、彼はますます暴走していきました。
 私にできる贖罪は二つだけでした。一つは、あれの魂を解放する技術を確立することでした。彼の妨害によって完成が遅れてしまいましたが、私はあれの魂を抜き出す装置を開発に成功しました。
それを使えば、全てのあれから魂を抜き取り、浄化することができます。破壊されないようにある施設の地下に安置していますので、その場所は別紙に記しておきます。
 もう一つの償いは、彼を殺すことでした。そうすることでしか、私は彼を止められなかったのです。私の手は、多くの人の血で汚れてしまいました。生きる資格など、私にはありません。
 無力な私をお許しください。たとえ神に許されず地獄に堕ちようとも、あなたが許してくれるだけで、私の魂は救われますから。
 もしも私が生きていたなら、あなたがとどめを刺してください。それが、私一人だけではできない最後の償いです。
                                   志尊 美代
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 彼女の罪科を一掃し、コートの裾についた汚れを払う。私は荒廃した市街地を見渡した。真っ直ぐ向けた視線の先には、ボロボロの白衣を纏って佇む女が一人。
 この終末の元凶にして私の親友、志尊美代だ。
「……弥生」
 安堵の顔で私の名を呼んだ彼女に、私は表情を変えることなく歩み寄った。そして、その身体を強く抱きしめる。
「良かった、あなたが無事で」
「……貴方こそ生きてたのね、美代」
 自分の声に込められた感情が何なのか、私にはわからなかった。だが、決意は揺るがない。私は袖の内側に隠したナイフを、彼女の背中に突き立てた。
 腕を離すと、美代の体は一気に崩れ落ちた。これで、きっと彼女も救われる。
「……ありがとう、弥生」
 それが、美代の最期の言葉だった。
「……さようなら」
 彼女の亡骸に背を向けて、家路につく。いつの間にか溢れていた涙は、なぜか拭う気にならなかった。