シンシア

高校二年生の三上隼人はここ数週間、誰かにつきまとわれていた。
 学校からの帰り道、アルバイトからの帰り道、最近は学校に行く時にもつきまとわれている感じがあった。
 そしてそれは今日、いつものアルバイトの帰り道もあった。
「誰がついてきてるのか、くらいは知っておかないと……」
 三上は少し緊張しながら帰途についていた。
三上はこの気配が誰なのかを知るために今日はいつもと違う道で帰ろうと考えていた。
 いつもはアルバイト先のファストフード店を出ると目の前にある公園を突っ切り、裏路地を数本抜けて家に帰るのだが今日だけは違った。
 今日は公園を抜けずに公園沿いの道を遠回りに行く事にしていた。その道路には何箇所かカーブミラーや個人が設置した右方確認ミラーがある。それを利用して後ろを見るつもりだった。
今日は満月の夜、明かりは十分だった。
 一つ目の角では見る事が出来なかった。
 そして二つ目の角を曲がり、振り返ってカーブミラーを見た時だった。
「あれ?」
 ミラーに写っていたのは見覚えのある顔だった。
 長い黒髪に人形のような黒い目、あまり背が高くないために余計に人形感があった。
 彼女はこちらがミラー越しに見ているのは気付いていないようだった。そのまま近づいてくる、はずが止まった。
「止まった、と言う事は最近ついてきていたストーカーは、愛莉?」
 三上はそのままくるりと反転すると角にいるはずの彼女に向かって歩き始めた。
 カーブミラーにはまだ彼女が曲がり角で隠れているのが見えている。
 三上は角の手前で止まった。
「愛莉、なんでついて来てるんだ?」
「…………」
 角から答えは返ってこない。しかし、三上は話を続けた。
「まぁいいや。とりあえず、姿を見せてくれるか?」
「…………」
 角から声は聞こえてこなかった。しかし、ゆっくりと黒いシャツとジャージを着た少女が姿を現した。
「愛莉、どうしたんだこんな夜に」
「…………」
 愛莉はこちらを見てはいるが答えようとはしなかった。
 三上は腰に手をあてると苦笑しながら首をひねった。
「まぁ、いいさ。後ろを追いかけられるのは気分が悪いし、一緒に帰るか」
 三上が声をかけると愛莉はこくりと一つだけ頷いた。

 三上と愛莉は二人で歩いていたが愛莉がしゃべる事は一つもなかった。
 三上自身も何も話されなくてもいいと思っていた。
 彼らは幼稚園の頃からの幼馴染で、お互いの事は本当によく知っていた。好きな食べ物、好きなタイプ、服のサイズから親の顔、何から何まで知っていた。高校は別な高校になってしまったが。
だからこそ三上は右を歩いている少女がどうしてストーカーをしているのかが分からなかった。
「なぁ、愛莉」
 三上が愛莉に声をかけ始めた。
「なんで俺の後をつけてたんだ?」
 三上立ち止まると真剣な表情で愛莉を見た。愛莉もこちらを見た。
 愛莉の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「私ね、高校でうまくいかなくて、それでどうしても隼人に会いたくて」
 愛莉が泣きながら声をゆっくりと絞り出す。
「それで、会いたいけど会ってもどうすればいいか分からなくて」
もう愛莉は限界寸前だった。それでも愛莉はまだ話しを続ける。
「それで、ずっと後をつけてて、ごめん、ごめんね」
全て言いきると愛莉は下を向いて泣き始めた。
三上はそこまで聞いてようやく口を開いた。
「愛莉、俺も気付けなくてごめん」
 そう言うと三上は頭を下げた。
 その姿を見て愛莉は慌てて顔を上げる。
「なんで、隼人が謝るの。だって私が勝手に……」
 愛莉が止めようとしたが三上は頭をあげようとはしなかった。
 その姿を見て愛莉はその後の言葉を飲み込んだ。
 ずっと一緒にいたから、だから愛莉にも分かった。
「ごめん」
 そう言うと愛莉も頭を下げた。
 満月の下、二人は同時に顔をあげた。
 三上の後ろをついてくるストーカーはいなくなった。
 その代わりに、また大事な幼馴染が戻って来た。
 
翌朝、三上は学校に行くために家をいつもより早めに出た。
 玄関を開けるとそこには愛莉が立っていた。
「おはよう」
「ん、おはよ」
 三上が挨拶をすると少しそっけないがちゃんと挨拶が返って来た。
 別な高校でも途中までは同じ道だから朝くらい一緒に行く事に昨夜、あの後きまったのだった。
「じゃ、行きますか」
「うん」
 そう言うと、二人は清々しい朝の空気の中を歩き出した。
 昨日まで一人だった道は二人になった。