株式会社うさぎとお絵描き
代表取締役社長/イラストレーター・コミックエッセイ作家YouTuber・コンサルティング
アベナオミさん

卒業生インタビュー

イラストレーション科卒業後、地域情報誌の広告デザインの傍イラストレーターとして活動を開始。2012年「お家ガールの自由すぎるひとりぐらし」(作:スズオカアキコ/絵:アベナオミ/出版 社:マッグガーデン)でコミックエッセイ作家デビュー。2016年に法人設立。2017年に「被災ママに学ぶ小さな防災アイディア」(著:アベナオミ/出版社:学研プラス)を出版。防災士の資格も取得し、全国で防災セミナーなどでの講演活動もしている。子育ての悩みを解決するコミックエッセイをはじめ、多くの実用書のコミックページの執筆を担当。2男1女の子育てに奮闘しながら執筆活動、自身のYouTubeチャンネルと長男のYouTubeチャンネルの運営、イラストを仕事にしたい社会人や子育て中のママのコンサルティングなど活動は多岐に渡る。

写真:アベナオミ

自己紹介と原点――「締め切りを守る」ことの重要性

当校広報担当
早速ですが、学校で学んだ中で今の仕事に一番役に立っているスキルや考え方は何ですか?
アベさん:
とにかく「課題を出す」「締め切りを守る」ということですね。在学時は村上克巳校長に「締め切りだけは守れ、ちゃんと描き込んでこい」とビシバシ言われました。まず締め切りを守らないことには、次の仕事が来ないんですよ。
当時は今以上に印刷物がメインだったので、刷り上がる日やデザイナーさんに回す日など工程が決まっていましたから。あとは「ちゃんと描く」。妥協せずに自分の理想を追って描くこと。これが今の土台になっています。
当校広報担当:
今でこそマイルドで優しい校長ですが、時代背景もあり当時は結構ビシビシいうタイプだったんですね。成績や課題は、結構できていた方ですか?
アベさん:
おそらく、ちゃんとできていた方だと思います。卒業式で表彰もしていただきましたし。
当校広報担当:
当時はマンガ科がとても人気があり、花形のコースだったと聞いてましたが、イラストレーション科を選んだ理由は何だったんですか?
アベさん:
私がマンガ科に行かなかったのは、ストーリーマンガに苦手意識があったからイラストに妥協して……(笑)

プロとしての制作スタイル――多作と逆算の重要性

アベさん:
割とやれていた方なんですけど、絵を描くのって、自分が「これくらいで描けるだろう」と思っている時間の10倍くらいかかったりするんですよ。
それを逆算できるようにならないと締め切りは守れない。まあ、いまだに逆算できていなくて、大きな〆切一週間くらい睡眠時間が2時間なんですけど(笑)
インタビュアーB:
絵に描いたような、締め切りに追われる生活ですね。
アベさん:
限界漫画家状態です(笑)ピカソ先生もすごく多作だったと言われますよね。世に出ている作品は氷山の一角で、その下には膨大な数の作品がある。描く人間は多作じゃないと多分芽が出ないんです。「渾身の一作」を出すよりも、年間300枚描いている中の一枚がヒットする方が仕事に繋がります。とにかく「いっぱい描いて締め切りを守る」というのは叩き込まれました。それで今に至ります。

生存戦略とマーケティング――「うさぎ」を選んだ理由

当校広報担当:
学生のうちにもっとやっておけばよかったことはありますか?
アベさん:
そうですね。もっと積極的にコンテストに出せばよかったですね。学校の中にいるとクラスメイトと「傷の舐め合い」になりがちですが、もっと外部に出して評価や添削を経験すべきでした。イラストは自己満足になりやすいですが、画家とイラストレーターは違います。画家は好きなものを描く人、イラストレーターはクライアントの要望に応える仕事です。求められているものを描き、自我を出さないということをもっと知っていれば違ったかなと思います。学生時代は「うさぎ」ばっかり描いていなかったんですよ。
当校広報担当:
人は描かなかったんですか?
アベさん:
人を描く人は周りにいっぱいいたんです。当時の私の生存戦略として「みんなが人を描くなら私は描かない」と決めました。猫も犬も多いなら、消去法でうさぎ。小さいコミュニティの中で生き残るためのマーケティングの結果が、うさぎだったんです。
当校広報担当:
外部に出して評価されたことで、今の考えに至った具体的な経験はありますか?
アベさん:
自分のなかで最高傑作だと思ってコンテストに出品したら、自分とは全然違う作風の方がグランプリを獲ったことがありました。当時は「私のほうが良かったのに」とイライラしましたが、今思えばコンテストが求めているものに沿っていたのはグランプリの方でした。私のは綺麗なだけの「自己満足」だった。すごい絵、綺麗な絵を描くだけではダメで、選ぶ人がいる前提で仕事をしなければいけないんだと学びました。
当校広報担当:
今の学生は、そのマインドが少ない子が多いように感じますよね。「描いたものが評価されればいい」くらいの感覚というか。求められているものが仕事になるんですよね。
アベさん:
今、「絵を描きたい」って子は増えてるとは思うんですが、趣味レベルでいい子もいれば、仕事にしたほうがいいレベルの子もいて、今は一括りにされていますが、それぞれ適性があります。私は全部創作するより、締め切りや縛りがある方がやりやすかったので、商業イラストレーターを目指しました。

ビジネスとしての創作――「一次産業」への転換点

写真:アベナオミさんインタビュー2
当校広報担当:
もし今、自分を100%解き放ったらどんな絵を描きますか?
アベさん:
何も描きません(笑)
当校広報担当:
なるほど。本当に「仕事」という目線なんですね。
アベさん:
漫画を描くのは「目的」ではなく「手段」なんです。いかに自分という資本を使って最大限に利益を出すか。中学3年生の時に友人たちとコミケに出展した時、肌で感じたんです。二次創作ではなく「原流」に行かなければいけないと思いました。出版社、つまり作品を書く側の人間である「一次産業」にならないと食べていけないんだと、そのころに気づいたんです。
当校広報担当:
中学3年生でそのことに気づけたのはすごいことですね。
アベさん:
私自身、慢性腎臓病の既往歴がありフルタイムで体を動かす仕事ができないという事も、イラストで生計を立てるという理由のひとつにあります。病気で会社員の働き方は出来ないと思っていたから「自分がどう稼ぐか」ということでイラストを「一次産業」のビジネスとして選択したという事も大きなきっかけだと思います。

原動力と価値観――稼いで納税するということ

アベさん:
私の根源は「ちゃんと稼いで納税したい」というところにあります。私は早生まれで体力もなく、学力も追いつけなかった。この体と脳みそでやっていくには、他人が苦手とする「創作活動」しかないと考えた結果です。ただ、高校の3年間は吹奏楽部で、360日学校にいるような生活をしていて、絵はほとんど描いていませんでした。
高3で部活を引退したとき、幼少期からやっている子には敵わない、音楽は職業にならないと判断しました。夏休みに一校だけ行ったオープンキャンパスがニチデだったんですが、資料が他校と全然違って、ひたすらコピー機で出力されたイラストが束になって入っていたんです。「何これ!」と惹かれて、友達と行ってみることにしました。マンガ科はストーリーを組み立てるのが苦手で挫折していたので、イラストコースを選びました。
当校広報担当:
その「生き残るための能力」という大人びた考えの原流は何ですか?
アベさん:
原流としては家庭環境も大きいですね。四世代同居の農家で大人が多く、働いていないように見える祖父母がなぜ生活できているのか不思議で、お金の仕組みを考えるのが大好きでした。
兄姉がいたので、次女の私は確実に外に出なければいけない人間でした。当時はお嫁に行くのは嫌で、自分でも生きていける女になりたいと思っていました。でも体力がない自分の弱さを認識して、10代の間、生存戦略を模索したんです。マーケティングは当時から好きでした。
高齢の家族が多かったので、テレビはNHKばっかりで、唯一の楽しみは1時間おきの「本日の為替と株の値動き」でした。そこから世の中の流れを感じるのが楽しかったんです。理数系ではないですが、数字がチラチラ動くのが好きで。投資や為替に興味がありました。
当校広報担当:
なるほど。家庭環境から大きな影響を受けたんですね。

キャリア構築と営業活動――ドブ板営業の精神

アベさん:
普通のOLにはなれないと早々に「損切り」したんです。なりたかったのは、個人投資家と漫画家。激弱の体で生きていくには体力の切り売りはできないので、資産が必要でした。効率的に稼げるのは「出版」だと思い、一冊出せば印税が入る、つまり「株を書く」ような感覚で始めました。単発のイラストは水物なので、資産をストックするために漫画を出版し、出版社と繋がるために持ち込みもしました。
卒業してすぐの頃、一軒アポイントが取れたら、往復の運賃がもったいないので回れるだけ回ろうと、路線と住所を全部調べました。午後2時に行くなら午前中に回れるところ、帰りに寄れるところを桃鉄みたいに順繰りに。手土産と原稿のコピーを持って一軒ずつ置いていく「ドブ板営業」を効率的にやりました。地方から東京へ行く一回のチャンスでどれだけ成果を上げられるか。その結果、挿絵や4コマなどの仕事が来るようになりました。
当校広報担当:
今のイラストレーターさんも、売れるにはそういう活動を必ずされていますよね。
アベさん:
デジタルが発達しても、リアルには敵わないと思っています。今はSNS主流だからこそ、わざわざ電話をしてアポを取り、身なりを整えて手土産を持ってくる子は出版社にとって「100人に一人の逸材」なんです。仙台に100人の絵描きがいたら、そのトップランナーにならないと東京では通用しない。だからニチデ在学中も誰もやっていないことをやろうと、締め切りが重なっても全てのコンテストに手を挙げていました。
周りからは変人扱いされましたが、他科に一人だけ、ハングリー精神のある子がいました。今は東京で大成功しているデザイナーです。彼女とはバイト先が一緒で仲良くなりました。

現場での学びと未来――「なんとかします」という覚悟

写真:アベナオミさんインタビュー2
アベさん:
当時は「学校内バイト」があって、大量の作品プリントを封入する作業などを学生がやっていました。そこにはマンガ科からもバリバリやっている子が集まっていて、いわば「ニチデ四天王」みたいなメンバーで情報交換ができました。顔を広げることで、デザインをお願いし合ったり、プチ職場体験のような関係を築けたのはありがたかったです。
当校広報担当:
今はフットサルやゲームサークルなど交流はありますが、そういう学内バイトはないですね。短期的には学校近くの商店街に飾る七夕飾りを制作するボランティアもありますが。
アベさん:
七夕飾りをみんなで作るような活動はいいと思います。余裕のある子しか来ないですから。私は「忙しい」を理由に断ってはいけないと思っています。普通なら断るようなスケジュールでも「なんとかします」と言って繋げていかないと、フリーランスで生き残るのは大変です。特に今はAIとも戦わなければいけません。
東京に出なかったのも、ネットの発達を先取りして「地元で描いてメールで送ればいい」と判断したからです。学生時代から「一人企業」のように生きていたので変人扱いされましたが、自分で自分をマーケティングして、今持てる現金と体力で最大限何ができるかを常に考えてきました。
知らない世界に入ることを怖いと思ってはいけないんです。東京の出版社に行くのも怖かったですよ。
受付に行ったら電話が一機しかなくて使い方がわからないとか(笑)でもそこで「帰ろうかな」と思わずに一歩踏み出せるか、そこが試されているんだと思います。
イラスト描く子たちの中って内気な子が多いと思うんです。「いろんなことができないから私は絵を描く」っていう。私も同じで「いろんなことができないから絵を描く」というけど生きていく上では、そのいろんなことをしなきゃいけない。
絵を描いて生きていくためには、自分が嫌だと思っていた色々なことをしなきゃいけない。テレアポや持ち込みといった営業活動はもちろん、社会人になれば税金や経営の勉強も必要になります。 だから、それをどこまで自分がやれるかを想像して、学生生活の2年間を過ごしてほしいですね。10代の内ならいくらでも軌道修正ができますから。もし学校で一日中絵を描くことが「苦痛だ」と感じるなら、それは仕事にせず、趣味に留めておいたほうがいい。
無理に仕事にしてしまうと、生活が困窮したり、メンタルを病んでしまったりすることにも繋がります。私にも子供がいますが、まずは「健全な納税者」になってほしい。納税できる大人になることが、自立するということだと思うんです。生活が困窮するような人生は、やはり選択してほしくないですからね。

専門学校を「使い放題のサブスク」としてフル活用する

アベさん:
当時サブスクという言葉はありませんでしたが、私は、2年間の学費を親に払ってもらった以上、ここを「使い放題のサブスク」だと思ってフル活用してやろうと考えたんです。使い倒して卒業し、社会で通用する人間になろうと思ってましたね。
当校広報担当:
専門学校をサブスクとして考える。ぜひ学生にはそう思って、使い倒して欲しいですね。
アベさん:
私は「課題だから義務でやる」という考え方はできないタイプでした。プロの先生が課題を出すからには、何かしらの意図がある。それをどう汲み取るかを常に考えていました。
限られたコマ数で教えられることは厳選されています。「これだけは覚えて帰れ」というエッセンスが詰まっているはずなので、無駄な授業なんて一つもない。そう思っていたから、寝る暇も惜しんで全力で出席し、全力で描きました。 当時は1コマの時間がすごく長かったですよね。90分くらい?いや、1コマ3時間くらいあったかな(笑)
そうなるとお喋りしたり、だれてしまったりする人もいるんですけど、集中していればあっという間なんです。友達とワイワイふざけることもありましたが、筆だけは絶対に休めなかった。
当時は、村上克巳校長をはじめとする先生方の分析もしていました。「この先生はここまで描ければOKと言いそう」とか。ラスボスである校長先生が何も言えないくらいまで描き込むには、どんなスケジュールで仕上げるべきか。逆算して考えることを2年間ひたすらやっていました。……たぶん変人だと思われていたでしょうね(笑)「こういう生徒ばかりだったらいいのに」と思いませんか?
当校広報担当:
本当に(笑)講師の先生にとっては一番ありがたい存在ですよ。本来、専門学校とはそういう場所ですよね。
アベさん:
結局は本人次第なんですよね。入学してすぐに「ここは自分次第で決まる学校なんだ」と気づけるかどうか。
当校広報担当:
私も広報担当として高校生によく話すんですけど「どこで学ぶかではなく、描くのは自分自身なんだから、正直どこだっていいんだよ」って。私が言うのも変ですが(笑)自分にはどんな環境が合うかとか、どんな人と関わりたいかとか、この先生から教わりたいとか、そういう基準で学校選びをした方がいいよと伝えています。
アベさん:
それは真理ですね。高校生にどこまで伝わるか分かりませんが、自分の長い人生において成し遂げたい「目的」を一つ決めないと、何も始まりません。 絵を描くこと自体は誰にでもできます。お金を生まなくていいなら、好きなように描いてSNSに上げればいい。でも、他の仕事をしたくない、絵で食べていきたいと思うなら、相当な覚悟が必要です。
理不尽な編集者だっています。彼らは慶應や東大を出た、自分たちが敵わないような学歴を持つ社会人だったりもする。そんな相手と渡り合わなきゃいけない。 大切なのは、目的と手段を混同しないことです。「絵を描くこと」が目的なら、趣味として楽しみ、別の仕事で稼ぐのがベスト。逆に「絵を描くこと」が、たとえば「印税で暮らしたい」「有名な漫画家になりたい」という目的を叶えるための「手段」なら、覚悟を決めて突き進むべき。そうでないと食べていけません。
当校広報担当:
ちなみに、アベさんにとって絵は「手段」なわけだけど、最終目標は何ですか?
アベさん:
「遊んで暮らす」こと(笑)最終的な目標は印税生活と配当金で暮らすこと(笑)50代、60代になっても今みたいに睡眠2時間なんて生活、死んでしまいますから(笑) 私は高橋留美子先生やナガノ先生のように「描くのが好きすぎてたまらない」というタイプではないと、自分の中で割り切っています。
当校広報担当:
つまり、生きるために描いていると。
アベさん:
ええ、生きる手段です。私は今、家計を支える大黒柱ですから。それに、息子の一人にむちゃくちゃお金がかかるんです。高校生の長男が音大を目指していて、レッスンやコンクールで数回は東京に行かせなきゃいけない。彼一人で学生一人の生活費全般を使い果たしているくらいの勢いです(笑)自分がこういう職業をしている以上、子供に「夢を諦めろ」とは言えません。もしプロになるならこれくらいやらなきゃダメだ、ということが分かっているからこそ、自分にも子供にも厳しくなりますね。
プロになって痛感したのは「作業量の多さ」の大切さです。1日2時間しか集中できない人と、12時間やれる人とでは、1年で大きな差が出ます。
私は普段はポンコツ主婦ですが、締切前なら1週間、睡眠2時間で160ページ仕上げることもありますよ。。
今は物価高ですし、アシスタントも極力入れずに全部一人でやっています。1冊のコスパを考えると、自分でするのが一番。紙の本が売れにくい時代ですし、重版もかかりにくいですから。あ、でも昨日、重版がかかりました!
当校広報担当:
おめでとうございます!!
アベさん:
ありがとうございます(笑)これまで10年くらい「販促は出版社がやるものだ」とあぐらをかいて、SNSの投稿をサボっていたんです。でも今回の本では出版社さんから「本人が出すことに意味があるんだから、いい加減自分でちゃんとやってください」と怒られて(笑)しぶしぶ毎日5~6枚ずつ投稿し始めたら、すごくバズったんです。Amazonのアフィリエイトだけで1日に200冊売れたこともありました。
当校広報担当:
それはすごいですね。
アベさん:
絵だけで食べているわけではなく、ブログやアフィリエイト、講師業や投資など、複数の収入源を持つようにしています。一つがダメになっても共倒れしないように。 30代の自分がコツコツと本を作って「備蓄」を残しておいてくれたおかげで、今やっとその発信ができている。過去の自分に感謝しています。

10年後を見据え、自分の世界に引きこもらずアップデートし続ける

アベさん:
在学中、現在もいらっしゃる菅原先生に「絵の描き方じゃなくて、確定申告の仕方を教えてください」と食ってかかったことがあるんです。先生からは「俺も分からん。卒業してから自分で勉強しろ」と言われましたが(笑)でも、どうやって社会人として生きていくか、個人事業主のなり方といったキャリアの基礎は、在学中に自分で勉強してみるのも大切です。
ここは趣味の場所ではなく、経済活動としてのクリエイティブを学ぶ場所ですから。『耳をすませば』のお父さんのセリフにもありますが、「人と違う生き方をするのはしんどいぞ」です。周りのママ友に、1日2時間睡眠で漫画を描いている人なんていません(笑)でも、その「周りと違う生活」への覚悟がある人が、クリエイターに向いているのだと思います。
今はAIとの戦いもありますが、私は「10年後にはこの仕事はないかもしれない」という危機感を持ってやっています。だからこそ今、出せる本を出し、資産形成をし、子供を全力で育てている。 執筆中も世界経済の話や不動産情報のYouTubeをずっと聴いて、社会情勢やテクノロジー、人口動態を学んでいます。自分の仕事の先を見据えるために、自分の世界に引きこもらず、街行く人の声を聞き、ニュースを見て、情報をアップデートし続ける。それが何より大事だと思っています。
当校広報担当:
クリエイターと生きていく上で、大切な話が詰まってました!ありがとうございました。

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